梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・28

《2.感覚診断の方法》
・私たちはデラカート(の感覚障害論)を踏襲している。しかしデラカートの分類では「触覚」が広義に用いられすぎているため、感覚統合訓練の中で特に重要な、近接受容器の諸感覚が詳しくとらえられていないという欠点がある。そこで私たちは、次のような実用的な分類法を用いている。
◆平衡感覚(・ゆれ感覚 ・倒立感覚)
◆皮膚感覚(・触覚 ・圧覚 ・痛覚 ・温(冷)覚 ・くすぐり感覚 ・振動感覚 ・水感覚)
◆固有感覚
◆味覚
◆嗅覚
◆聴覚
◆視覚
・近接受容器の諸感覚(平衡感覚、皮膚感覚、固有感覚)は基本的で重要である。味覚、嗅覚は一般的にそれほど重要ではなく、訓練の実施上の困難もあるため、私たちは特に、平衡感覚、皮膚感覚、固有感覚に重点を置いている。
・平衡感覚は、身体の動き(回転、動止)を感受する「ゆれ感覚」、および姿勢の変化(直立、横臥、倒立)を感受する「倒立感覚」に分けられる。
・皮膚感覚は、狭義の触覚、圧覚、痛覚、温(冷)覚、くすぐり感覚、振動感覚、水感覚に細分される。
・固有感覚は、身体各部の関節や筋肉の動きを感じとる感覚である。
・次に、個々の感覚回路ごとにどのような質の障害があるかを確かめなければならない。デラカートによれば、障害の質として次の三つがあげられる。
A 鋭い感覚:刺激に対する感受性が強く、ふつうの人には感じられないような刺激を感じ取り、ふつうの人にはなんでもないような刺激に苦痛や恐怖や不安を感じて避けようとする。
B 鈍い感覚:刺激に対する感受性が弱く、よほど強い刺激でないと喜びをもって感受されず、ふつうの人では求めないような強い刺激を自ら求めようとする。
C 混乱した感覚:子どもの外部からくる刺激をゆがめて受け取ったり、内部からの刺激か外部からの刺激かの区別もはっきりしないまま、内部刺激を楽しむことに没頭する。たとえば、なんでもないのに不意にからだをかいたり、たたいたり、何かにさわれたかのように身ぶるいをしたりする。
・ここでいう鋭さ、鈍さとは、そのまま弁別能力(たとえば聴力、視力)を意味するのではなく、もっと原始的で感情的な色彩を持った感受性を意味している。
*感覚診断には2つの方法がある。
◆第1の方法は、常同行動をチェックする方法である。
◆第2の方法は、意図的に設定した感覚刺激に対する反応を観察する。
 具体的な手順としては、感覚障害をうかがわせる行動を、常同行動と感覚刺激に対する反応の両面にわたってよく観察し、書き出し、その行動のひとつひとつがどの感覚回路のどのような質の障害から来ていると考えられるかを見きわめる。
・しかし、実際の判断上では、個々の行動なり反応なりをどのように解釈してよいかわからない場合もたくさんある。
・人が近づくと嫌がる子どもの場合、人にさわられるのが嫌なのか、人の声が嫌なのか、判断しきれない。それを見きわめるためには、1つの条件をいろいろ変えてみることである。手を握ってみたり、声を出さずに静かに近づいてみたりする。人が近づくことに加えて、着替えを嫌がったり、手や足がよごれるのを嫌がるなどの行動が見られれば、鋭い触覚から来ているのではないかということがいっそう確かになってくる。
*デラカートの記述を中心に、感覚障害をうかがわせる行動の実例をまとめたので、参考にしていただければ幸いである。(ただし、すべてを網羅しているわけではない、また、同じように見える行動も異なる感覚障害の表現となる場合がある)
◆平衡感覚
《鋭い》身体をゆすられること、振り回されること、ブランコ、ハンモックを嫌がる。
《鈍い》上記のことを喜ぶ。トランポリン、乗り物を喜ぶ。
《混乱》単調に身体をゆすり続けることに没頭する。
◆皮膚感覚
《鋭い》さわられること、きつい衣服。粗い布地、着替え、洗髪を嫌がる。ぬいぐるみ、ジュータンなどの柔らかいものの感触を楽しむ(触覚)。ぎゅっと抱かれること、もまれるのを嫌がる(圧覚)。注射をひどく嫌がる(痛覚)。水や湯、暑いや寒い気温、つめたい御飯を嫌がる(温・冷覚)。振動を与えられるのを嫌がる(振動覚)。くすぐられるのを嫌がる(くすぐり感覚)。水に触れたり、水中に入るのを嫌がる(水感覚)。
《鈍い》手のひらや粗い布地でこすられるのを喜ぶ(触覚)。ぎゅっと抱かれること、もまれるのを喜ぶ(圧覚)。ひどいケガ、たたかれたり、つねられたりしても平気、自傷行為がある(痛覚)。湯や水をかけられたり、氷を身体につけられたり、温かいタオルで顔をふかれるのを喜ぶ(温・冷覚)。振動を与えられるのを喜ぶ(振動覚)。くすぐられると喜ぶ(くすぐり感覚)。水遊びをよくし水中に入るのを喜ぶ(水感覚)
《混乱》冷蔵庫などの振動に長時間ひたりきっている。
◆味覚
《鋭い》偏食がはなはだしい。家庭で調理されたものでなければ食べない。
《鈍い》食べられないものを口にする。塩、しょう油、カレー粉、ソース、ねりはみがきなど刺激の強い物を好んでなめる。好き嫌いが少ない。
《混乱》口の中に何も入っていないのに、何か味わっているようすをする。自分の舌やほおを吸う。いったん呑みこんだものを反すうする。
◆嗅覚
《鋭い》体臭をきらって抱かれるのを嫌がる。洗剤、布地のにおいのために衣服を嫌がる。においの強い食物をきらう。トイレを嫌がる。強いにおいをかぐと気分が悪くなって吐く。《鈍い》人や物に近寄ってくんくんにおいをかぐ。においをかいでから食べる。強いにおいの料理を好む。便を壁になすりつけたり、なかなか流さなかったりする。おもらしでぬれたふとんの中にいるのを嫌がらない。よだれをからだにこすりつけたり、手のひらでこすり合わせたりする。
《混乱》においが存在しないのに何かのにおいを感じているようすをする。鼻の穴から激しく息を吸ったり吐いたりする。口と鼻に手をあてて息のにおいをかぐ。鼻の穴に何かをつめて刺激を変化させる。
◆聴覚
《鋭い》乗物、サイレン、風のうなり、電気製品の振動音。散髪、耳かき、人の声、泣き声をきらう。音をきらって耳をふさいだり、戸外に逃げたりする。眠りを妨げられやすい。
音を無視して、耳が聞こえないかのようにふるまうことがある。ささやき声を好む。ページをめくる音、水道の水を出す音など静かな音を自分でたてるのを好む。音楽の好き嫌いが激しい。テレビをつけっぱなしにする。
《鈍い》エンジン音、サイレン、人混み、台所、浴室を好む。洗濯機や冷蔵庫に耳をつけて振動を聞く。ドアをバタンと閉めたり、トイレの水を流したりするのが好き。大声を聞いたり、大声を出したりするのを喜ぶ。おもちゃを床に投げて、落ちる音を楽しむ。オチの出るおもちゃを好む。
《混乱》何も音がしていないのに、何かが聞こえているようなしぐさをする。急に大きな叫び声をあげる。走った後の心臓の音、食後の内蔵の音など、からだの内部からの音に耳を傾ける。激しい息づかいをしてその音を聞く。
◆視覚
《鋭い》日光、フラッシュ、稲妻、夏の海岸など強い光を嫌がる。見える物が複雑(人混み)で、めまぐるしく変わっていく場面(ドライブ)をきらう。車輪やレコードなど回転する物を好んで見る。図鑑、写真、シャボン玉、風船、水の流れなどを好んで見る。水滴、コップ、むしめがねなどを通して光の変化を楽しむ。カレンダー、電話番号、地図、道路標識、広告などよく覚えている。ミニカーや積木などをきちんと正確に並べる。複雑な模様を描いたり並べたりする。物を決まった順序や位置に配置をする。目の前で物をいじくり回したり指をからませたり、手をひらひらさせたりする。
《鈍い》太陽や電灯をじっと見つめる。窓からさしこむ日光や鮮明な影を好んで見る。鏡や食器などピカピカする物を好む。目の前で物をいじくり回したり、指をからませたり、手をひらひらさせたりする。車輪やレコードなど回転する物を好んで見る。高い所、暗い所、スピードをきらう。
《混乱》存在しないものが見えたり、眼球の中に浮かぶ何かをじっと見ているようすをする。ぼんやりひらいたひとみをしてじっとしている。目をこすったり、おしたり、たたいたりする。
【感想】
・ここでは、子どもの「感覚障害」を見つけるためのさまざまな「実例」が、感覚別に、また障害の質別に整理され示されている。私自身も現職時代、デラカートのチェック・リストを用いて、児童・生徒の理解を試みた経験がある。いつも首を振っている女児、体を
大きく前後にゆすっている男児、決まり文句を呟いたり、大声をあげて憚らない生徒、くんくんとにおいを嗅ぎまくる生徒等々、ここの「実例」と同じような行動をする子どもたちは枚挙にいとまがなかった。その行動が「感覚障害」に因るというところまでは理解したつもりだが、「次の手」が打てなかった。「聴覚過敏があるから耳栓をすればよい」「視覚過鈍があるから暗室の中でペンライトを振ればよい」「自律神経失調状態を改善するために乾布摩擦をすればよい」程度の考えで接していたのであった。「子どもや保護者に対して申し訳ない」という気持ちでいっぱいになる。でも「覆水は盆に返らない」のだから、「感覚統合訓練」の実際を《正しく》「学ぶ」ことを、せめてもの償いとしなければならない。
・上記の「実例」の中で、「物を決まった順序や位置に配置をする。目の前で物をいじくり回したり指をからませたり、手をひらひらさせたりする。」と「車輪やレコードなど回転する物を好んで見る」という2項目が、「◆視覚」の《鋭い》《鈍い》両方に掲げられているのは何故だろうか。通常《鋭い》場合は「刺激回避行動」、《鈍い》場合は「刺激要求行動」が生じると思われるのだが・・・。単なる誤植だとすれば、《鈍い》方に分類されるべきだと思う。それとも、その2つの行動は《鋭い》《鈍い》場合のいずれにも該当することなのだろうか。著者の見解を伺いたいと思った。次節で明らかになれば幸いである。
(2016.4.15)