梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇団素描「本家真芸座」(座長・片岡梅之助)

【本家真芸座】(座長・片岡梅之助)〈平成21年1月公演・小岩湯宴ランド〉
 「劇団紹介」によれば、〈プロフィール 本家真芸座 所属はフリー。「真芸座」として故・片岡沢次郎太夫元が昭和48(1973)年に旗揚げ。その後、「本家真芸座」と名を改め、片岡梅之助座長が伝統を継承し、座を引っ張っている。座長 片岡梅之助 劇団座長 昭和51(1976)年4月28日生まれ。福岡県出身。血液型A型。兄は「真芸座輝龍」座長・駒澤輝龍。弟は「新生真芸座」座長・哀川昇。伝統をきっちり受け継いだ芝居と情感たっぷりの女形が魅力〉とある。またキャッチフレーズは、〈真の芸を貫く舞台は迫力満点!!魅せる艶やかな女形、そしてしっかりと伝統を引き継いだ本格派のお芝居を、肌で感じてください〉であった。夜の部、芝居の外題は「十六夜鴉」。大衆演劇の定番で、筋書は「瞼の母」の〈兄弟鴉〉というところか。骨箱(弟の遺骨在中)をぶらさげた旅鴉(哀川昇)が料亭・深川にやってきて、女将(矢島愛)に面談、「親子名乗り」を申し出るが、女将は拒絶。「せめて、弟の骨箱ぐらいは抱いてあげてください」という願いも叶えられず、旅鴉は退場。そこへ、敵役の親分(座長・片岡梅之助)がやってきて、料亭、女将、その娘への「いやがらせ」「無理難題」をふっかける。あわやというところへ、旅鴉、再び登場。その親分一味を「始末」して、凶状旅へ・・・、という顛末であったが、舞台の「景色」は、なるほど本格派。その伝統とは「九州劇団」の「こってり味」で、なんとも「重苦しい」雰囲気であった。旅鴉と女将の「やりとり」が、開幕から30分、延々と続く。「これでもか」「これでもか」という「せめぎあい」(葛藤)を描出したい意図を(頭では)理解できるが、気持ちがついて行けない。とはいえ、最近の関東の客も「本格派」らしく、水を打ったように「集中」していたのには驚いた。まさに「本格派のお芝居を、肌で感じていた」という他はない。
 舞踊ショーの舞台も「こってり味」、それぞれの役者が個性を生かしながら「決して手を抜かない」「誠実な」演技を披露していた。座長の「情感たっぷりの女形」は天下一品、その「容姿端麗さ」においては斯界の有力者たち(梅澤富美男、鹿島順一、見海堂駿、里見要次郎、都若丸、南條光貴、姫錦之助、大川竜之助、市川千太郎、紫鳳友也、小林真・・・)の中でも右に出る者はいないであろう。弟・哀川昇の「女形舞踊」も、「大川竜之助ばり」で魅力的。その結果、「立ち役」が力不足気味、数多い女優陣の挑戦・奮起を期待したいところである。
 芝居が終わり、帰路につこうとする客でカウンター前は「ごった返して」いた。私は会計精算の窓口にできた行列の最後尾に並んでいた。前の客が終わり、「私の順番になった」と思ったとき、(一瞬の間隙を突いて)すうっと左側から「割り込んで」きた中年女性がいた。従業員が「順番です。後ろにお並びください」と言うと、その「おばさん」が私に向かって言う。「あれ?あたし、並んでいたわよねえ?」、私はそれには応えず、「どうぞ、お先に」と退いた。腹の底では、おかしくてたまらない。この「おばさん」は、毎日、どのような生活をしているのだろうか。自分が並んでいたかどうかもわからない。周りの様子もわからない。いつも、自分中心に世界が回っている。自分の思いを通すことが「生きる」ことなのだろう。案の定、「駐車場料金がどうのこうの・・・」ど、会計精算の内容で、また、もめている。そんな時、もう一人の従業員が、さっと、別の窓口(これまでは閉鎖中)を開け、「お次の方、こちらへどうぞ!」と、私を導いてくれた。カウンター内で、で一部始終を見聞していたであろう、その従業員の「粋な計らい」に大いに満足、さすが、ここは東京小岩、江戸前の「垢抜けた」伝統はまだ息づいていたのかと、快哉を叫びつつ帰路につくことができた。これで、明日からも気分よく「通える」というものである。
(2009.1.10)