梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇団素描「筑紫桃太郎一座」(座長・筑紫桃之助)

【筑紫桃太郎一座・花の三兄弟】(座長・筑紫桃之助)〈平成22年5月公演・浜松バーデンバーデン健康センター〉                                                                                           JR浜松駅下車、徒歩15分の「浜松バーデンバーデン健康センター」に赴く。大衆演劇「筑紫桃太郎一座 花の三兄弟」を観るためである。この3月に座長を襲名した筑紫桃之助は「挨拶回り」のため不在、おかげで劇団頭取・筑紫桃太郎の「芝居」「舞踊」「口上」を存分に見聞することができた。芝居の外題は「帰ってきた前科者」。いきなり序幕から生後9か月の「抱き子」が生身で登場しようとは・・・。その赤ちゃん、「実のバーバ」に抱かれて泣きもせず、時には「笑顔」、時には「アー、ウー」等の「台詞」まで発するほどの「実力者」なのだった。まさに「お見事!」という他はない。筋書きは大衆演劇の定番、島送り、前科者の汚名を着せられた義兄(頭取・筑紫桃太郎)のために、棟梁からまで白い目で見られ、仕事を干されてしまった腕利きの大工(弟座長・博多家桃太郎)とその女房(芸名不詳の女優、おそらく弟座長の母、頭取の妻、抱き子の祖母?)の物語。腕利きの大工、義兄のことを女房にも言えず、酒と博打にあけくれる生活になってしまう。そんなとき、刑期十年を務めて兄が妹の所へ帰って来た。兄(頭取・筑紫桃太郎)、客席より登場、酔客の私語がよほど腹に据えかねたのか、芝居を中断、「お父さん、黙って観てくれないのなら、帰ってよ。入場料はお返しします」。なおも、しつこく「絡んでくる」客に対して、言わずもがなの啖呵をきる。「静かに観たいと思ってるお客さんのために、わしら《命をかけて》芝居をやってるんや。それを邪魔するんやったら今すぐ、ここから出てってんか!」客席と舞台上からの「直接対決」、実を言えば、これほど面白い芝居はないのである。「そうか、頭取!そこまでやるか・・・」と、心の中で拍手を贈るうちに、客は「無条件降伏」。黙って舞台を見守らざるを得なかった。だがしかし、頭取の言動を支持する客の「拍手」がない限り、この勝負は曖昧に終わる。なぜって、頭取は、自ら「舞台の景色」を「独断」で毀してしまったのだから・・・。肝腎の「拍手」は、(観客一同、その場のなりゆきを見て呆気にとられたか?)皆無であった。心なしか、頭取の「力が抜けた」。(ように私は感じた)当たり前のことである。静かに観劇したいお客様のために「啖呵を切ったのに、今ひとつ客との呼吸が合わなかった」という後悔・口惜しさがあったかどうか、それはわからない。毀れてしまった景色の修復は至難の業、本来の「人情芝居」(盛り上がり)は不発のまま終幕した。(と、私は思う)とは言え、この頭取、タダモノではない。「口も荒けりゃ気も荒い」、あの「無法松」を絵に描いたような九州の「伊達男」といおうか、その「男臭さ」が、舞踊ショーでは瞬時に「妖艶な女」に変化する。その舞姿は「天下一品」であった。また、その「口上」が面白い。①斯界で九州の劇団は20余り、それぞれABCのランクが付いている。トップは「劇団花車」、②大衆演劇がメジャーになるのは容易ではない。せいぜい梅澤富美男、松井誠くらいか、早乙女太一はまだ未知数。③九州の客筋は、「拍手」で役者を乗せる。東海、関東の客は「拍手」が足りない、④「女形」を演じるとき、役者は自分が理想とする女性をモデルにしている、⑤一幕物の芝居は「盛り上げるのが大変」、いっぺん景色が毀れると(客との呼吸がずれると)それでお終い、⑥大衆演劇の役者は、客の一挙一動を見ながら(その反応を踏まえて)芝居をしている、だから「舞台の景色」は客次第、同じ演目でも「千変万化する」等々について「語り」ながら、高齢者への「心配り」を忘れない。温かい言葉を投げかけ、劇団グッズをプレゼント。「どうか、長生きしてね。ナンマンダブ、ナンマンダブ」と合掌する姿が、いかにも下世話な風情(冗談風)で「絵になっていた」。それでよいのだ、と私は思う。「心配り」は高齢者に対してだけではない。劇場の入り口、また館内にも、「10日、座長・筑紫桃之介不在」「○○日、弟座長・博多家桃太郎不在」などという貼り紙が施されている。通常なら、「○○日、○○座長ゲスト出演!」のように宣伝する手筈だが、劇団幹部の「不在」を表明する劇団は数少ない。誠実・正直な頭取の人柄が浮き彫りされている光景であった。さだめし、あの富島松五郎が生きていたなら、このような立ち居振る舞いをしたであろう。大きな「元気」を頂いて帰路につくことができた。ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・。
(2010.5.10)