梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(20)・Ⅴ章 Stage別の認知発達治療・5

【要約】
【5.StageⅢ-2の治療教育】
・Piagetの前操作期前半(健常児の3歳~4歳初め)に相応する。
・文字や数が概念としての意味を持ち始め、従来の教育的な学習が可能となるが、子どもたちの「限定された枠組みでの理解」をいかに広げ柔軟にすることができるか、いかに自我発達を促すことができるか、重く根本的な課題を含んだ時期である。
1)StageⅢ-2の状態像
・3語文以上の言葉を持つ子どもが7割近くを占める。会話は一方的(一面的)だが、具体的なことでの「一往復程度」の会話ができる。言葉かけの理解はできるようになるが、その意味を文字どおりに理解してしまい、背後の状況まで理解することは難しい。
・遊びでは、象徴遊びが見られるようになる。しかし、役割を伴った「ごっこ遊び」は難しい。本やテレビ等のストーリーに強い関心を持ち、本を1冊暗記したり、その中のセリフを適切な場で使ったりすることもある。文字、漢字、アルファベット、カレンダー、天気図、マークなどに興味を持つ子どもが多い。
・描画では、経験したことを絵にすることもできるようになる。
・対人関係では、言葉でのコミュニケーションが可能となる。治療者が気持ちの交流を感じるようになってくる。反抗的な行動、負けてくやしいという感じも見せたりする。
・異常行動では、パニック、自傷行為が激しく出ることもあるが、適切な働きかけがあれば、コントロールが可能になってくる。文字による約束、予告が効果を持つ。常同行動、物への執着も、言語の制止でコントロールできるようになる。
2)StageⅢ-2の治療教育の目標
⑴第1次元の目標:表象空間を豊かにさせ、思考の柔軟性を高める
・言葉の意味内容をふくらませ豊かにすること、物と物との関係の概念の理解を深め確実にすること、大小の比較、数、量、時間、空間の概念などを、頭の中で自由に操作できるようにすることである。
・人格構造の基礎ができ始める時期にあたるので、自我意識をさらに促すことも大切な目標である。自分の意思を言葉で表現(主張)したり、相手に合わせて行動を調節することも目標となる。
⑵第2次元の目標:適応行動の獲得
・集団の一員としての適応行動ができるようにすることを目標とする。(一斉の声かけで指示を理解し行動する、他児の行動を見る、競争、応援をする)
・自主的な行動の管理(服を選び、着て、汚れた物を片づけるなど)ができるようにする。
・家の手伝いの習慣をつけ、家族の一員としての役割と自覚を持たせる。
・学習面では、手をあげてから答える、ひとりで課題に取り組む、できたらそれを大人に伝えるなどができるようにする。
⑶第3次元の目標:異常行動の予防と減弱
・状況の見通しが立たなかったり、何をすべきかわからなかったり、人の気をひきたかったりするときに異常行動が起きることが多いので、言葉の理解力と社会性の技能を高めることで対応する。
3)Stage-2の認知発達学習
⑴認知レベルの把握
・「頭の中での大小比較:目の前にない2つの物の大小を比較する」の課題が通過しない場合は「前期」、通過した場合は「後期」という目安を立てる。
⑵認知学習のねらい
《前期》
1.視覚ー運動協応や随意運動の発達を促す(言葉の指示による運動、サーキット)
2.言葉の意味内容をふくらます(簡単な類推)
3.物と物との関係の概念の理解を確実にする(言葉による列挙、言葉による異同弁別)
4.数・量の概念の発達を促す(数の概念)
*“概念づくり”をすることが中心的なねらいである。
*物と物の関係が同じか違うか(口答)、前後の関係を判断(絵画配列)し、連続した関係がわかるようにしていく。
*指示に合わせて頭の中の表象空間で物を分類し、列挙できるようにする。
*動作語や反対言葉の語彙数を豊かにしたり、数字や文字の理解を確実にしていく。
《後期》
1.視覚ー運動協応や随意運動の発達を促す(言葉の指示による動作)
2.言葉の意味内容をふくらます(多側面からの質問への応答、疑問詞の理解、文字による意味理解)
3.物と物との関係の概念の理解を確実にする(頭の中での大小比較、空間における位置関係)
4.数・量の概念の発達を促す(数の合成・分解、やさしい応用問題)
*“概念操作の初歩”を促すことがねらいである。
*頭の中で大小を比較したり、算数のやさしい応用問題を考えたりする。
*因果関係、物と物との共通点や相違点を理解する。
*体験を絵や日記で表現する。
*ストーリーのある絵本やテレビを楽しんだり、思考の柔軟性を高めたりする。
《共通》
5.イメージの世界を豊かにする(絵本、本等の簡単なストーリーを楽しむ、描画・制作)
6.コミュニケーションを活発にする(ソーシャルスキルとしての言葉、集団でのゲームや約束事を理解する)
a)見本カードを見て同じように構成する。
b)切る、貼る、折る等の工作の基礎的な技能を養う。
c)ラジオ体操で、連続的な身体模倣、他人の指示で自分の身体の動きを調節する。
d)ソーシャルスキルとしての言葉を獲得する。
e)ゲームを楽しむ。
④グループ学習のねらい
a)全体への声かけで行動でき、いつもと違う言葉の指示に従う。
b)集団ゲームの技能とルールを学ぶ。
c)相手に合わせて行動する。ゲームや競争を通して相手を意識する、役割遊びにより、自己と他者の立場や言葉の使い方の違いを認識できるようにする。
d)自我形成を促すために、自分の意思や主張を言葉で言えるようにする。
⑶認知学習のプログラム
①個別学習プログラム(2人の子どもで行う30分程度の認知学習の例)
1.かけあいの歌(“森のくまさん”で、リーダーを交代して歌う)
2.絵本を2人で読む(絵本「ぐりとぐら」、誰がいた?など内容の質問をする)
3.頭の中での大小比較(目の前にない物を2つあげて、大小の比較を問う)
4.空間関係「~番目」(実物を5段以上の引き出しに入れ「上から何番目に入れた?」と問う)
5.カードゲーム(トランプ:配る係を決めて、カードゲームのスキルを学ぶ)
*子どもどうしがかかわり合うようなソーシャルスキルの獲得のための課題を必要に応じて配分する。
②グループ学習のプログラム(6人程度30分:運動を中心としたプログラムの例)
1.協力して物を運ぶ(2組で競争):風呂敷や長い棒2本の間に物を載せ、2人で落とさないように運ぶ。
2.三角ベース:技能の向上(取る、投げる、打つ)、ルールの理解(打順、打ったら走る他)
3.フルーツバスケット:ゲームの理解、役割の理解(鬼は果物の名を指名する)
a)より複雑な模倣や協応運動、筋力を養う課題
b)言葉の指示により動作を調節するような随意運動の課題
c)ルールの理解や相手を意識したり合わせたりする課題(ゴロベース、バスケット、フォークダンス、綱引き、大縄跳び)
⑷認知学習のすすめ方の留意点
①自然なかかわり方に近づける。(ほめ方、声のかけ方)
②教科学習に偏らない。
③総合的な課題はねらいをよく吟味する。(ごっこ遊び、劇遊び、ゲームなどの総合的な課題は、すでに習得した課題を確実にし、般化をねらいとする)
④理解の補助として、図や文字、パターン的な言葉を利用する。
⑤集団指導では個別の配慮を心がける。認知課題を複数の子どもで学習するとき、相手の答えを聞きながら自分も学んでいくということはまだ十分にできないので、個別の配慮を欠かしてはならない。
⑸動機づけを高めるために
①子どもの内発的な喜びを引き出す(治療者のほめ言葉、皆に認められること、ごほうびシールなどで、楽しく頑張れるように働きかけの工夫をする)
②その子にとって楽しみな課題を学習プログラムの中に入れる(期待を持たせ、課題に集中させる)
③課題の区切りの見通しが立つようにする(どこまですれば終わりなのかの見通しが立つようにすると、集中力を持続できる)
4)対人・コミュニケーション能力を豊かに
・このStageの子どもたちは2つのタイプに大別できる。1つは、積極・奇妙群である。もう1つは、受動群である。
・治療教育的には、自我形成と対人関係を発展させることに重点を置く。
1.自分の意見・意思を表す機会を多くする。(プログラムの中に「何をしたい?」「どっちがいい?」など、意思を問うものを盛り込む)
2.経験したことを言葉や文字で表現できるようにする。(日記や作文で表現法を覚え、情緒を豊かにしていく。その際には、写真や絵などを使ってイメージを喚起させながら、治療者とのコミュニケーションを楽しみつつ表現のしかたを教えていく。それを徐々に文章で表現できるように指導する。
3.友人関係を発展させる。集団の中で役割を持って責任を果たせるようにする。(カードゲームなどを活用する)
*このStageでは、本人のプライドやコンプレックスの形成に留意しつつ、治療者からの一方的なかかわりでなく、本人の気持ちや意思を大切にしつつ、子どもの情緒を豊かにしていけるような配慮が特に必要である。
5)異常行動・不適応行動への対処のしかた
・パニックや自傷行為、独り言等の異常行動が問題になる。これらの異常行動は、まわりの出来事と自分なりの頭の中でのイメージとがずれたとき、指示に対して何をなすべきかわからないとき、周囲の要求と生活が本人の適応レベルに合っていないときなどに増強する。激しい場合には、薬物治療を含めて治療の方針を再検討する必要がある。基本的な対処法の概略は以下の通りである。
⑴本人の適応レベルに合った生活を整える。
⑵文字を使った予告や約束を有効に用いる。
⑶不得手感からくる混乱を減らす。(呈示をわかりやすくする。答え方を補助する)
⑷意思を伝えるスキルを教える。(援助や許可の求め方、拒否のしかた、要求の出し方などの言葉のスキルを具体的に教える)
6)生活全般の中での発達課題
・計算や漢字などの学習的なことは得意でよく覚えるが、生活の中で活かしていくことは難しい。認知学習場面だけでなく、日常の中で般化させるように働きかけることがとりわけ重要である。家庭や他機関とも協力して、言葉の使い方を豊かにする、イメージを持った遊びを発展させる、友だちへの関心を広げる、などを日常の中での課題とする。
⑴認知発達学習を日常生活に般化させる。(時計の活用、買い物、乗り物、電話などの体験)
⑵体験したことや情報を言葉で伝えられる(子どもからの具体的な言葉の表現を引き出していく)
⑶事前の言葉かけで予定を理解し、行動が調節できる。(カレンダーや予定表の活用)
⑷家族員としての役割と自覚を持つ。(家事の分担、家事作業のスキル)
7)健常児集団での目標と接し方
・幼児期には、集団活動に興味のありそうなものから誘い、徐々にプログラムに参加できるようにする。
・小学校では、学校生活の流れについていくことがねらいとなる。待つ、並ぶ、行進する、手をあげて答える、当番をする、時間割にそって必要な準備をする、など学校での基本的な行動が獲得できるように働きかける。学科の習得は小1レベルの教科も本当に理解することは難しいことが多い。しかし、漢字や計算等では年齢相当の力を出すことも多く、級友に受け入れられる手がかりになる。所属意識が出てきて、友だちに受け入れられたり、注意されるのが一番効き目がある。皆から外れたくないために、自分をコントロールしようという意欲が見られたりするので、クラス全体の指導に配慮することが大切である。


【感想】
 以上で、「Ⅴ章 Stage別の認知発達治療」は終了する。私はこの章の冒頭部を読んで以下のような感想を書いた。
 〈導入期において「子どもが極度に不安定であったり、自傷など異常行動が激しい場合には通常のプログラムをしばらく見合わせて・・・」ということは、通常のプログラム、つまり「認知発達治療」(の実際)そのものが、子どもの異常行動を引き起こす要因になっていることを暗示・黙認することにならないか。まして、それによって引き起こされた異常行動を「薬物治療」で対処するなどとは、まさに「本末転倒」の対応ではないだろうか。そこで問題になるのは「通常のプログラム」だが、それが「子どもの発達段階」に即した「適切な課題」であることが前提に作られているのだから、(著者らの論述に従えば)子どもが極度に不安定になるはずがないのである。要するに、著者らが構築した「Stage別の認知発達治療」のあり方全体を、つねに《客観的に評価する態度を忘れてはならない》のではないか、と(不遜にも)私は思ってしまったのである。とは言え、まだその「実際」の詳細を知っているわけではない。期待をもって次節を読み進めることにする。〉
 そして今、著者らの「Stage別の認知発達治療」の理論的な概略の《全貌》(詳細)が明らかになったのだが、残念ながら、私の期待が満たされることはなかった。たしかに、「認知発達治療」のプログラムは「理路整然と」(発達理論を踏まえて)紹介されていた。子どもたちは、そのプログラムにそって「着実に」認知発達を遂げていくだろうことも推測できる。しかし、その段階毎に、「対人・コミュニケーション」の問題、「異常行動・不適応行動への対処のしかた」および「生活全般の中での発達課題」について「説明を加えなければならない」とすれば、肝心の「認知発達治療」そのものに、さほどの有効性は認められないのではないだろうか。著者らの研究は、もともと「自閉症の本態」に迫り、本質的にその「症状」を改善・減弱することを目指していたはずである。しかし「StageⅢ-2」においてもなお、《学科の習得は小1レベルの教科も本当に理解することは難しい》とか、対人関係において《積極・奇妙群、受動群に大別される》《対人関係は一方的で一面的であり、相手に合わせた会話はほとんどできず、まわりからの調節が必要である》とかの記述が見られるということは、「認知発達治療」だけでは、「自閉症」の「症状」を改善・減弱することはできない、ということを暗黙のうちに認めていることにはならないか。著者らは、自閉症の「本態」が「認知発達障害に因る」と主張する以上、その改善を図るためには「認知発達治療」を行うだけでよい、そのことによってすべての問題が解決するということを「証明」しなければならないのではないか、と私は思う。
 「揚げ足をとる」ようで恐縮だが、未だに(StageⅢ-2の段階になっても)「異常行動・不適応行動への対処のしかた」で、〈⑷意思を伝えるスキルを教える。(援助や許可の求め方、拒否のしかた、要求の出し方などの言葉のスキルを具体的に教える)〉というような項目をあげなければならないのはなぜだろうか。人への要求(手段)は、すでにStageⅠ-2の段階で「芽生え」、StageⅡでは「確実」になっていたはずではなかったか。私の独断と偏見によれば、その段階での評価が「曖昧」なままま、(「認知能力」が向上したので)次のStageに進んでしまったためだと思われる。「認知能力」が向上しても、「コミュニケーション能力」には「般化」されないという「証し」ではないだろうか。
 だがしかし、失望するのはまだ早い。次章はいよいよ「認知発達治療の実践」である。これまでの失望が希望に変わることを期待して、読み進めたい。(2014.2.4)