梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・芝居「大人の童話」(藤間智太郎劇団)

【藤間劇団】(座長・藤間智太郎)〈平成23年11月公演・佐倉湯ぱらだいす〉
   昨日は休前日だというのに、夜の部の公演は「観客不足」(観客は私一人)のため中止となった。いわば「幻の舞台」になってしまったわけだが、今日は、ぜひともその「幻の舞台」を観たいという思いでやって来た。昨日、昼の部、劇団極め付き「源吉渡し」の舞台を見聞できたことは、望外の幸せであった。その舞台模様は、昨年5月・大阪梅南座と同様に、斯界屈指の出来映えであった、と私は思う。にもかかわらず、それを見聞した観客はわずか十人余り、加えて、夜の部公演が中止とあっては、ここ「佐倉の地」の文化程度(の低さ?高さ?)を嘆くしかない。千葉県民、佐倉市民には、この劇団の(舞台の)素晴らしさを感受する鑑賞眼が「致命的に」不足しているのである。まあ、そんなことはどうでもよい。今日の芝居、外題は「大人の童話」、なるほど、私の予感どおり「幻の舞台」に匹敵する「超一級品」の舞台模様であった。幕が上がると、そこは、ある居酒屋の店内、女将・おしま(藤間あおい)が、父(初代藤間新太郎)と息子金一(三代目藤間あゆむ)の帰りを待っている。「二人ともどこに行ったんだろう?早く帰ればいいのに・・・」など言ううちに、やがて二人が帰ってきた。「おじいちゃん、バットとグローブ買ってよ」「そのうちに買ってやるよ」、おしまの父(金一の祖父)曰く「運動具店まで行ったが、バットとグローブで4800円だって、わしの懐には2000円しかなかった、ずいぶんと物価が上がったもんだ。ところで福三さん(おしまの夫)はどこへ行った?」おしま応えて、「トンカツ屋の小泉さんの所へ行ったわ、いつもの通り、夫婦げんかの仲裁よ」。そこに慌ただしく飛び込んできたのが旧知のお米(星空ひかる・好演)。「大変、大変!滝沢さんが倒れて危篤状態だって・・・。奥様の話だと、おしまさんと金坊に一目会いたいんだそうよ」思わず顔を見合わせるおしまと父・・・。実を言えば、おしまは滝沢という御大尽の元妾、息子の金一はその御落胤だったのである。その真相を知っているのは、おしまとその父、お米夫婦というところか。おしまはすぐにでも駆けつけたい素振り、はじめは渋っていた父も「これが最後だ。福三さんを一生愛し続けると約束できるなら、一人で死に水をとってこい」と許した。お米、「善は急げ」とタクシーを呼びに出て行った「でも、福三さんに何と言い訳しよう?」「お米さんとコンコン様参りに行ったとでも言えばよい」ヨシキタと、おしま、外出の衣装に着替えて出てきたが、間の悪いことに夫の福三(座長・藤間智太郎)が、トンカツ屋の小泉(橘文若)を連れて帰ってきた。おしま、平静を装って「お前さん、どうだった?」「どうもこうもない、いつものことさ。なあ、小泉さん」小泉曰く「皆さん、聞いてくださいよ。私と家内が歩いていると、家内のやつ、男をつかまえて話し出した。聞けば、学校時代のクラスメートだって言うんです。許せますか?」「小泉さんと出会う前の友達じゃあないか。二人で映画でも楽しんでおいで、くらい言ったってどうということはない。・・・なあ、おしま?」おしま、返事に窮して「・・・、お父さん、どう思いますか」、父も窮して「・・・まあ、いいんじゃないの」といった絡み具合が絶妙。はたして、福三が、おしまと滝沢の結びつきを知ったとき、「出会う前のこと」と許してくれるだろうか、何も知らない福三の鷹揚な言動に半ば胸をなでおろし、半ば怖れをいだくおしまと父の気配は、文字通り「迫真の演技」で、たいそう面白かった。結局、おしま、外出を思いとどまったが、間の悪いことに、お米の亭主(松竹町子)がやって来る。髪はボサボサ、分厚い眼鏡をかけた、風采の上がらぬ風情が何とも魅力的で、「迎えの車が来たぜ」など言ってみたが相手にされず、何が何だかわからないうちに追い返されてしまった。かくて、一件は落着し、福三と金一はキャッチボールをしに外出、おしまと父、やれやれと胸をなで下ろしている所に、お米夫婦が、またまた、あわてて飛び込んでくる。「大変、大変!滝沢さんが遺言で、金坊に3000万円贈るだって・・・」父「そんな金もらうわけにはいかない」、おしまも同様に断ったが、お米曰く「もったいない!もらえばいいじゃない。お父さんが宝くじに当たった、とでも言うのよ」父「そんな嘘はつけない」と渋ったが、金はいくらあっても邪魔にはならない、という誘惑には勝てなかったか、片棒を担ぐ羽目になってしまった。帰ってきた福三、一同が揃っているのを訝っていると、新聞を手にした父、お米にせっつかれながら「当たった、当たった」、福三「何?当たった?それは大変だ」と言いながら洗面器を持ってくる。父の新聞をひったくって洗面器に敷きながら、背中をさすり始めた。父「何をするんだ」福三「当たったんでしょう。早く吐きなさい。食あたりは怖いんだ」父(新聞を取り戻して)「違う違う。宝くじに当たったんだ!3000万円!」福三「えっ!どれどれどこに」と新聞紙をのぞき込む。父「おれが当たったと言うんだから間違いない。さあ貰いに行こう」と、おしま、お米を連れて逃げるように外出。なぜか、残されたのがお米の亭主、福三に呼びとめられ、何かと思えば「まあ一杯、祝い酒といきましょう。何せ3000万円の宝くじに当たったのだから・・・」亭主、断るわけにもいかず、一杯、二杯と飲み干すうちに、「しかし、たいしたもんだ。3000万円の宝くじを遺産に残すなんて」と、口走った。福三「今、何て言った?遺産?」と問い詰める。亭主、しどろもどろに言い訳をしていたが、「本当のことを言え!」と福三に一喝されるや、真相を暴露、そのままバッタリとテーブルに俯してピクリとも動かない。やがて駆け込んできたお米に叩き起こされ、こけつまろびつ、引っ込む景色は「天下一品」、抱腹絶倒の名場面であった。さて、舞台は大詰め、すべてを知った福三、「家を出る」と決意するが、金一に「行かないで、お父さん」と泣いて縋られては抗えない。「・・・わかった。もう出て行くなんて言わないよ。お前は俺の子だもの・・・」生みの親より育ての親、その胸中は「納得」だが、女房おしまと舅にだまされ続けた心の傷をどう癒す・・・、幸か不幸か、3000万円の小切手を手にして帰った舅に向かって一言、「滝沢銀行からおろしてきたんだろう?」。その寂しげな(座長・藤間智太郎の)風情は珠玉の「逸品」、今日もまた、極上の舞台を堪能できたことに感謝したい。座長の話では、この芝居、「松竹新喜劇」の演目だとの由、ではいったい藤山寛美の役どころや如何?、そうだ、あのお米の亭主に違いない、などと勝手な想像をめぐらしつつ帰路に就いた次第である。
(2011.11.23)