梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇団素描「小林劇団」(座長・小林真)

【小林劇団】(座長・小林真)〈平成25年10月公演・湯ぱらだいす佐倉〉
私がこの劇団の舞台を、前回見聞したのは平成23年1月、今から1年8か月前であった。その時の感想は以下の通りである。〈私がこの劇団を初めて見聞したのは、3年ほど前であったろうか、今は閉鎖されている浅草大勝館の舞台であった。父(太夫元)・小林隆次郎、母(リーダー)・小林真弓、長男(座長)・小林真、次男・小林直行(副座長)、三男(花形)・小林正利、長女・小林真佐美らで構成する家族中心の劇団である。どちらかと言えば「歌謡・舞踊ショー」が「売り」の劇団で、座長・小林真の女形舞踊、太夫元・小林隆次郎の個人舞踊、リーダー・小林真弓の歌唱が印象に残っていた。とりわけ小林真弓の「歌声」は抜群、たしか誕生日公演(?)には20曲ほど歌い続けたように思う。その後、奈良やまと座でも見聞、今回は3回目ということになる。芝居の外題は「弁天小僧菊之助・温泉の一夜」。なるほど、月日の経つのは早いもの、舞台の出来栄えは以前とは見違えるほど、座長・小林真が思わず芝居の中でつぶやいた一言、「兄弟だけで芝居ができちゃった・・・」、おっしゃるとおり、座長自身は「浪花の若旦那」、その愛人は小林真佐美、敵役・海賊の首領が副座長・小林直行、主役・弁天小僧に花形・小林正利、海賊の子分、座員・小林聡志、小林翼といった配役で、太夫元、リーダーの出番はない。兄弟妹が、それぞれの役柄を「初々しく」演じ分けた舞台模様は「お見事!」であった。長男・座長には「ゆとり」と「色気」、次男・直行には「渋さ」と「剽軽」、三男・正利と妹には「変身の妙」が感じ取れる、家族劇団ならではの景色であった、と私は思う。とりわけ、真佐美の成長は著しい。若旦那の愛人を演じる「純情可憐」な風情が、海賊の情婦になり果て、いっぱしの「すべた女郎」に変化(へんげ)する様相が何とも痛快で清々しかった。舞踊ショー、太夫元・小林隆次郎の個人舞踊(「関の弥太っぺ」「人生劇場」)、リーダー・小林真弓の歌唱二曲は相変わらずの「一級品」、加えて、座員・小林翼、やや太めの図体を「絵」にしてみせる個人舞踊も魅力的であった。演目も洋舞は控えめ、あくまで従来の「艶歌」風を中心とした「歌謡・舞踊ショー」の景色は、今もなお「健在」。大きな元気を頂いて帰路に就くことができた次第である。〉だがしかし、三男・正利は、それから4か月後、20歳の若さで夭折してしまった。まさに「世は無常(無情)」、しかし劇団は、今なお彼のタベストリーを劇場に掲げ続け、「いつものように幕を開ける」のだ。芝居の外題は「植木屋松五郎」。幼時に両親を亡くした兄妹の物語である。兄・松五郎(座長・小林真)は、かつて、妹・志津(小林真佐美)を手籠めにしようとした相手を殺傷、島送りとなって十数年・・・。志津はその後、材木問屋の大店・山城屋の若旦那に見初められ、今では夫婦(めおと)の仲になっている。そこの大女将(リーダー小林真弓)にもたいそう気に入られ、幸せな毎日を送っていたのだが・・・。そんな折り、刑期を終えた松五郎が、島から帰ってきた。二人は山城屋の店先で再会、大喜びの志津は「お店のみんなに会って!」と紹介しようとするが、松五郎「こんな姿でまだ会うわけにはいかない。いずれ堅気の立派な姿になってから・・・」と立ち去ろうとする。志津、呼び止めて「じゃあ、これを持って行って」と財布を手渡した。松五郎「そんなものをもらうわけにはいかない」と固辞したが、「このお金は私がこつこつと働いて貯めたもの、お店のお金ではありません」という言葉を聞いて、ありがたく頂戴、退場した。この様子を見ていた、松五郎の旧友(小林翼たち)、山城屋出入りの植木職人になりすまして、志津には島帰りの兄が居ることを大女将に告知する。大女将、寝耳に水と驚いて、「志津に騙された」と怒り出す。その様子が何とも強烈、エキセントリックで、御贔屓筋は抱腹絶倒、私もまた大いに楽しませていただいた。さすがはリーダー小林真弓、三男を失った傷心を乗りこえて、日々の舞台に精進する姿に、私の涙は止まらない。やがて、大女将「今すぐ、この家を出て行きなさい。あなたが出て行かなければ私が出て行きます」その剣幕に若旦那も逆らえず、「お母さんの気持ちが収まるまで・・・。必ず迎えに行くから待っていておくれ」。志津「お母様の体が心配。お薬は御厨だなの引き出しに入っていますからね」などと言い残して去ろうとする時、やって来たのは松五郎、大女将を呼び出して土下座、「どうか、妹をこの家に置いてやって下さい。私は志津と兄妹の縁を切ります」しかし、頑として応じない大女将。以後の展開は定番、業を煮やした松五郎、堪忍袋の緒を切って、大女将と若旦那に諫言、妹とともに立ち去ろうとするのを、若旦那、大女将が「待って下さい」と改心、九州人情劇の典型的な景色で大団円となったが、そのきめの細かさにおいては屈指の舞台模様であった、と私は思う。二部の、歌謡・舞踊ショーでも見所は満載、太夫元・小林隆次郎の個人舞踊「一本刀土俵入り」、リーダー・小林真弓の歌唱「無法松の一生」は斯界の「至宝」、加えて座長・小林真の女形舞踊「天城越え」も冒頭、末尾の「面踊り」が際だって秀逸、それは亡弟・小林正利の代演であったかもしれない。さらに言えば、長女・小林真佐美もまた、前回にもまして「一段と成長」、芝居に踊りに「女優」としての色香、妖艶さ、コケティッシュな魅力を輝かせ始めている。惜しむらくは、副座長・小林直行が九州座長大会出演のため不在、(あの)いぶし銀のような舞台姿を拝見できなかったことは残念だったが、この劇団の誰もが、花形の夭折胸に秘め、懸命に精進している姿は感動的で頼もしい。今日もまた、大きな元気を頂いて帰路に就くことができたのであった。
(2013.10.25)