梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇団素描「近江飛龍劇団」(座長・近江飛龍)

【近江飛龍劇団】(座長・近江飛龍〈平成22年3月公演・浅草木馬館〉                                                                         夜の部、芝居の外題は「昭和の男」。数年前、私は同じ劇場、同じ劇団で「大阪の人」という芝居を見聞した。たいそう面白く「抱腹絶倒の舞台」であったことは記憶していたが、その詳細は思い出せなかった。何とか再見したいものと念じていたが、なんと、今回その願いが叶えられようとは・・・。第一部ミニショーの幕を引きながら座長の一言、「昼のお客様は一般のお客様、夜のお客様はマニアの方々、そのために力を溜めておきました」だと!。自分がマニアの一人に数えられたことを心底から光栄に思う。さて筋書は、まさに「昭和の男」・八角常次郎(座長・近江飛龍)の物語。昭和の侠客・常次郎は懲役18年の刑を終え、懐かしい一家に帰ってきたが、一家は「建設会社」に衣替え、かつての親分(浪花三之介)は「社長」、身内(近江大輔、轟純平、近江大和)の面々も「社員」という身分(洋服姿)に納まっていた。常次郎はといえば、角刈りに着流しの風情でまさに「昭和の侠客」然、そのコントラストが、えもいわれぬ面白さを引き出す。加えて、常次郎の顔貌、仕種一つ一つが「大げさ」(事大主義的)で、笑わずにはいられない。会社は平成の不況を迎えて、社員に給料も払えない様子。社員の大和が社長の三之介にしつこく催促する「絡み」も絶品。そこへ、正体不明の「ざあます女」(笑川美佳)が娘(近江なぎさ)を連れてやって来る。娘と社長の息子(近江春之介)は婚約中。とはいえ、それは形ばかりで、社長と「ざあます女」ともに相手の財産を狙ってという魂胆だが、この「ざあます女」と「社長」の「絡み」も絶品で、セリフ回しの一つ一つが「笑い」を誘う。女「それでなくても、しゃべりすぎと怒られてザーマスのよ」(と言ったかどうかは定かではないが)社長「誰に?」女「(笑いをこらえながら)あの大きな顔の男(実は夫・近江飛龍)に!」と退場する景色は天下一品であった。娘の誕生パーティーに息子が赴く、それに付き添うのが常次郎、「ざあます女」の用心棒(橘小寅丸)との再会で、元ヤクザ同士の抗争が再燃、息子は用心棒に刺殺され社長のもとに運び込まれた。常次郎がその「仇を討つ」という筋書で、本来なら「現代任侠(人情)劇」だったはずだが、その空気を常次郎がぶち壊す。後見・三之助も思わず噴き出して首を振る。「何処までが芝居なのか、ヒトが真面目にやろうとしているのに・・・」というぼやきの風情がそのまま「絵になってしまう」のだから面白い。この劇団、どちらかと言えば「主役の独壇場」に終始しがちだが、この芝居は、さにあらず、登場人物全員が「随所で光っている」。文字通り「極め付き」の演目として守り続けなければならない、と私は思う。座長の言によれば「4か月ぶりに舞台にのせた」とのこと、その見聞に与れたことは望外の幸せであった。
(2010.3.16)