「情緒障害」(昌子武司著・教育出版・1978年)通読・2
《第一章 情緒の構造》
【要約】
《一 情緒の定義》
・情緒とは「生理的な現象、および衝動的な行動・心情を伴う激しい感情」である。
・情緒には、衝動的な行動を伴う「外むきの感情」(くやしさ、怒り、反抗、攻撃)と、衝動的な心情を伴う「内むきの感情」(悲しさ、淋しさ、恥ずかしさ、劣等感、不安)がある。
《二 外向きの情緒・内むきの情緒》
・くやしさ、怒り、反抗、攻撃、悲しさ、淋しさ、恥ずかしさ、劣等感、不安といった情緒は、正常人なら、すべてのものを必ずもっていると考えてよい。
・ただ、個人によってどの情緒が出やすく、どの情緒が出にくいかということはあるようだ。それが、その人の個性のかなりの部分を決定づけているようだ。
◎例
〈朝、出勤して、部屋に入った時、そこで立ち話をしていた同僚が、ハッと話をやめ、ニヤニヤと笑い、コソコソと自席に引きあげていったとする〉
A型・なんら情緒的な反応を示さないまま、平然と自席につき、仕事を始める。
B型・「また、オレの悪口を言っていたに違いない。ケシカラン!」という怒りを感じる。C型・「顔に墨でもついているのではないか」とドギマギして赤面する。
・B型の人間の行動の激しいもの、怒り、反抗、攻撃の情緒が激しく、しばしば現れる状態を非行と呼ぶ。
・C型のように、いつも自分を責め、不安、劣等感、恥ずかしさ、淋しさなどが、しばしば現れる状態をノイローゼと名づけることができる。
・これらを一つ一つの頻度や程度に分けると、かなりの個人差があり、それは無限である。このことが、日常生活の中の個性のあり方のほとんどを決定づけている。われわれが周囲の人間を、カクカクの人であると判断するとき、その材料になっているのは、この情緒の現れ方の傾きであることが多い。
・コンプレックスとは、抑圧されて無意識にはたらく感情の複合といわれている。それは、ほとんどが、
内むきの情緒に関係している。内むきの情緒は、いろいろな働きや動きをする。
・その第一は、外むきの情緒への「はねかえり」である(窮鼠かえって猫を噛む)。非行少年は、外見上は、攻撃、反抗、激怒といった行動をしているが、一対一で対面すると、ひどく臆病で、まともに応対もできないような場合がしばしばある。
・第二は、意識に混乱をさせることがある。「登校拒否」というものがその傾向を物語っている。「学校へ行かなくてはならない」という意識が明瞭にあるのに、「行きたくない」という情緒に支配される。(情緒が意識を混乱させている姿である)。
・第三は、生理現象に影響を及ぼす。(改めて記述する)
【感想】
・以上をまとめると、〈情緒とは「生理的な現象、および衝動的な行動・心情を伴う激しい感情」であり、それは「外むきの情緒」と「内むきの情緒」に分けられる。「外むきの情緒」は「くやしさ、怒り、反抗、攻撃」などであり、「内むきの情緒」は「悲しさ、淋しさ、恥ずかしさ、劣等感、不安」などである。これらの情緒は正常人なら誰でも持っており、その頻度、程度に個人差がある。その個人差が(すべてでとは言えないが)「個性」を決定づけている 〉。〈コンプレックスは「内むきの情緒」に関係している。「内むきの情緒」は、「外むきの情緒」へのはねかえりを見せたり、意識を混乱させたり、生理現象に影響を及ぼしたりする〉ということである。
・私は、感情の源は不快感(生理的感覚)でありそれが快感に変わることによって、様々な感情が生まれてくる、と考えている。著者もまた「情緒」を怒りや、不安といった不快感にもとづく感情から述べ始めていることに、共感する。また同じ不快感であっても、それが外に向かうものと、内に向かうものがあるという考えは、たいへん参考になった。次は、「三 快・不快」について述べられている。期待をもって読み進みたい。
(2017.1.2)
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