梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇場界隈・「御老公の湯・境店」

 東武アーバンバークライン川間駅から、「境町行き」の朝日自動車バスに乗っておよそ30分、役場前停留所で下車、「御老公の湯・境店」に向かう。ここは茨城県のはずれ(猿島郡境町)、利根川べりにある大温泉施設である。広い、広い。大浴場(浴槽は20)、岩盤浴場、足湯に加えて、貸し切り風呂(2)、大宴会場、中小宴会場、個室宴会場、食事処(2)、リラックスルーム、仮眠室(男女別)、ビデオ視聴ホール、談話コーナー、ゲームコーナー、カラオケ、さらにホテル棟、コインランドリーまで備わっている。その大宴会場は「なごみ座」と呼ばれて、連日、大衆演劇公演が催されているといった趣向で、まさに至れり尽くせりの桃源郷である。しかも、一つ一つの施設が広いので、混雑することはない。喫煙処もあるが、優に20人は入れ、つねに空気は洗浄されている。従業員の数も半端ではなく、開業当時は客の数を超えているように感じたほどである。彼らは、広い館内を縦横無尽に「かけまわっている」。利用料金は平日2000円、休日2200円、宿泊はシングルルーム3700円で、高いとはいえない。
 午後6時から大衆演劇観劇。「劇団翔龍」(座長・春川ふじお)。芝居の外題は「佐渡の夜嵐」。幕が上がると、そこは貧しい長屋(深川六軒長屋)の一室、一人で待っている娘・良子(秋川美保)のところに老母(大原千栄子)が息を切らして帰って来た。見ると、真新しい晴れ着を手にしている。「これを買ってきた。着てごらん」「まあ、うれしい。よくにあうかしら」などと言っていると、呉服屋(獅童礼斗)が追いかけてくる。「おい、そこの婆さん、着物を万引きしたな!とんでもねえ婆あだ」と言って娘から着物を奪い取る。「さあ、ケーサツへ行こう」「ごめんなさい、返したからいいじゃあありませんか」「謝って済むならケーサツはいらない」などともめているところに、息子の一郎(藤川雷也)が帰って来た。事情を聞いた一郎、「わかりました。ではその着物を買います」といって、一円札(今の値段にすると1万円以上?)を手渡した。呉服屋、一郎の財布をのぞき込んで「フーン、おめえ随分、大金をもっているんだな。それじゃあこの金でこの着物を買うんというんだな。いいだろう」と言って、万引きを許した。おそらく着物の値段はそれ以下の代物であったに違いない。呉服屋を演じた獅童礼斗、出番はそれだけだったが、金に弱い商人魂を見事に描出、存在感のある演技が冴えわたっていた。「新演美座」の「小林志津華」時代は「押せ押せ」の芸風が目立っていたが、今は「引く」技も習得したか、その成長ぶりに、私は感動した。一郎が持っていた大金は500円(今の値段で500万円以上?)、母と娘の貧乏暮らしにオサラバさせようと、1年間、佐渡の金山で働く労賃を受け取っていたのだ。ありがたい、でも佐渡に行ったら命が危ないと言われる過酷な労働を母、娘は心配するが、一郎は「大丈夫!1年たったら帰って来ますよ」という言葉を残して旅立った。その後に登場したのが「北海の虎」と異名を持つ小悪党(座長・春川ふじお)、長屋の奥をうかがうと頬被りして闖入、たちまち仏壇に供えられていた500円を盗み出す。気がついた母が「それは大事なお金、返して下さい」と取りすがり、揉み合ううちに、虎は匕首で母親を斬殺、飛びだして来た娘にも、火鉢の灰を投げつけて遁走、母の亡骸に取りすがる娘の愁嘆場で一景の幕は下りた。二景は、佐渡島。金山で働く一郎たちの人足の中に虎も混じっている。今日、一郎の相方は虎という組み合わせ、二人で仕事をすることになったが、一郎は腹痛で力が入らない。「そうか、それなら何も食べるな。そのほうがいい。少しでも痩せられる」などと言って笑わせる。「オレはあそこの隠れ小屋で一眠りするから見張りをしろ、誰か来たら大きな声を出せ」と退場した。そこにやって来たのは、今は盲目となった姉の良子、杖をたよりにはるばる佐渡島まで一郎に会いに来たのだ。「ねえーちゃん」と思わず大声を出せば、虎も登場。「誰か来たか?」と見れば、ぼろぼろにやつれた女が一郎の側に居る。「誰なんだ?」「私の姉さんです」「フーン、お袋さんかと思った」。一郎「ねえーちゃん、どうしてここへ?」と尋ね、母が何ものかに殺害され、自分も目が見えなくなった一部始終を知ることになった。その話を聞いて、虎いわく「イチ、お前のお袋さんを殺した奴に出会ったら、どうする」「もちろん、仇を討ちます」「そうか・・・、実を言えば、オレがお前のお袋さんを殺したんだ」。それから先は「北海の虎」の長い長い身の上話。しかし、座長・春川ふじおの話はメリハリが聞いてあきさせない。虎は生まれついての暴れ者、流れ流れの浮き草暮らしだったが、親孝行したい気持ちは変わらない。せめてお袋さんに良い暮らしをさせたいと思い、500円を盗みに入った。でも、殺そうとは思わなかった。お前のおっかさんがあんまり騒ぎ立てるので、はずみで手をかけてしまったんだ。姉さんにも顔を見られないように灰をかけたが、まさか盲目になろうとは・・・、オレはお前たちのにっくき仇、さあこれで仇を討て!」と匕首を差し出した。仰天、激高して斬りかかろうとする一郎を必死で止める姉、「一ちゃん、やめて。そんなことをすればあなたも殺人罪、後に残った私はどうなるの」、その様子を見て虎は改心、姉弟に金を与えて「島抜け」をさせようする。「見つかったら、ただではすまない。浜の漁師村に船が隠してある。それに乗って逃げ出すんだ」と話しているところに、人足の親方(山口覚)登場。「お前たち、何をしてるんだ!島抜けはゆるさねえ」と立ちはだかる。虎、もうこれまでと親方一味と渡り合い、とどのつまりは親方との一騎打ち、相手のピストルが腹部に命中した。しかし「オレはこの姉弟だけは助けなければならない」と最後の力を振り絞って親方を倒したのだが・・・、手に手を取り合って退場する姉と弟を見送りながら、息絶えるうちに二景の幕は下りたのであった。この芝居の眼目は、「貧乏」と「親孝行」、「孝行者に悪い人はいないとおっ母さんが言っていた。あなただって親孝行をしようと思って盗みに入っただけ、殺すつもりはなかったんだ。だから、私はあなたを殺さない。悔い改めてケーサツに自首してください」という一郎の言葉に集約されている。座長・春川ふじおの演出は、いつもどおり「きめ細やか」、舞台姿も一段と貫禄がまし、重厚味が加わってきたように、私は思う。後見・山口覚の胸を借りて、「名優」への道を着実に歩んでいることは間違いない。
(2015.12.5)