梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症児」の育て方(9) 「声」のやりとり

9 「自閉症児」の育て方・7・《「声」のやりとり》
 生後1か月頃になると、乳児は「泣く」とき以外にも「声」を出すようになる。授乳後、満足して、気分がいいときなど、「アー、ウー」「オックン」など、いかにも「話をしている」様子に見受けられる。いわゆる「喃語」である。親は、この「喃語」に対して、《無条件に》応えなければならない。「そう、お話してるの」「オー、オー、そうなの」「おなかがいっぱいなの」「うれしいの」、乳児は(親の顔をじっと見ながら)その「声」を聞いて、それに応えるかのように、ますます「声」を出す。という状態になれば、「声のやりとり」の「第一歩」が始まったのである。この「やりとり」は、将来、子どもが「言葉を獲得」するための必須条件である。それを繰り返し重ねることによって、当初は、短かった発声も、「力強く、長く」なり、「ナンナンナンナンナー」「マンマンマンマンマー」などと、同じ「音」を繰り返したりする。親は、それを聞いたら、子どもの「発声」を、そのまま「オウム返し」のように応えなければならない。子どもは、その親の「声」を聞いて、自分が「どのような声をだしているか」に気づくからである。
 そうした「喃語のやりとり」を続けていると、子どもは、母音の他に、両唇音(マ、バ、パ)、前舌音(タ、ナ、ダ)、奥舌音(カ、ガ)など、唇や舌を使った複雑な「構音」もできるようになる。乳を飲むときに使う口内器官を、そのまま「発声・発音」に活用する。まだ、その「発声」に特別な意味はない。子どもは、自発的に「発音」の練習をしているのである。親は、この練習にも《無条件に》応じなければならない。子どもの「発音」をそのままマネして聞かせるのである。さらにまた、親の方から、「マンマンマン」「バンバンバン」「ナンナンナン」「タンタンタン」などという「声」を聞かせ、子どもが、そのマネをしようとするかどうか、観察する必要がある。その「やりとり」が、将来の「始語」(初語・一語文)につながるからである。
 子どもは1歳前後になると「ママ」「マンマ」などという「単語」を話しはじめ、次第に「ババ」「ネンネ」「ナイナイ」「バイバイ」などという「言葉」を使い分けられるようになるが、そのためには生後3か月以降ほぼ1年間、以上のような「声のやりとり」が必要・不可欠なのである。また、「声」は「意味の伝え合い」以上に、「気持ちを伝え合う」アイテムとして、極めて重要である。「喃語」は、徐々に「ジャーゴン」(意味不明なメチャクチャ言葉)に発展するが、その中には、子どもの様々な「気持ち」が込められている。特に、「アーア」「エッ」「ワーオ」などという「声」(語調)からは、明確な気持ちを読み取ることができるだろう。それらは、すでに「感動詞」の役割をはたしているのだから。
 親は、子どもの「ジャーゴン」を大切にしなければならない。その中から、「意味のある」言葉(いわゆる幼児語)が誕生するからである。親が「ジャーゴン」に応じず、大人の「標準語」だけで話しかけていると、子どもは、それに応じることができない。「やりとり」の手段を奪われ、自分の気持ちを十分に表現できなくなるかもしれない。そのために、フラストレーション(欲求不満)が高まり、過度なストレス(緊張感)が生まれるかもしれない。
 「自閉症児」(と呼ばれる子ども)の場合、以上の「声のやりとり」が十分に行われてきたか、を「徹底的に」検証する必要がある。「喃語はあったが、活発にならなかった」「言葉を話しはじめたが、消えてしまった」「(幼児語はなく)いきなり標準語を話しはじめた」「ジャーゴンが今でも続いている」「独り言は多いが、対話にならない」などという事例は、数多く見られるようだが、その原因が、子どもの側にあるのか、親の側にあるのか、(推測ではなく)「事実」にもとづいて究明しなければならない、と私は思う。(2015.1.12)