突貫・《1》
井上間人
俺の前を銃をかまえて小走りに進んでいた“奴”がもんどり打って爆弾穴へ崩れ落ちた。敵陣から容赦なく放出される弾丸が、俺の足元にもうなりを立てて、通り過ぎた。
“奴”を抱き起こした時、もう“奴”は泥の中で死んでいた。カーキ色の軍服も、大きくゆがんだ鉄カブトも、そして“奴”自身さえも、もはやただの土塊に過ぎなかった。“奴”は銃をしっかりと抱きしめ、その鋭い両眼をかっと見開いて死んだ。戦死である。額から真っ赤な血が一筋流れ出ていた。
奴は兵舎で俺に語った。いつも語った。
「出征の前の日、俺は清子と城山へ登った。黙っていつも登りなれた細い山道をそっと進んだ。清子は泣いていた。俺も泣いた。もう出征は死を意味した。この暖かいのどかな山村とも別れを告げなければならぬ。俺はむしょうに苦しかった。たった一枚の赤紙ゆえに俺はくやしかった。午后の日ざしが、村役場のトタン屋根にキラキラと輝いた。清子が涙に濡れた顔を上げて言った。
“どうしても戦争へ行くの。”
“・・・・・・・”
“前線でしょうね。”
“・・・・・・・”
“でも・・・・。でもきっと帰ってくるわね。きっと・・・・帰ってくるわね。”
“・・・・・・・”
清子は美しかった。洗い尽くし色あせた野良着も、紺のモンペも、そして二本たらした髪の毛も。すべてが美しかった。
“戦争なんていや。あたし戦争なんて本当に嫌い。罪もない多くの人が誰のためにでもなく、ただ・・・ただ死んでいくなんて、本当に悲しいの。”
しかし俺にとっては、この清子の言葉も何のなぐさめにもならなかった。遠く汽笛が響いた。
“生きて帰ってきてね。”
清子が、しずかにつぶやいた。涙がポロポロとそのバラ色の頬を伝っていた。いっしゅん、俺の胸にはこの言葉が、そして清子の涙に濡れた顔が深く鋭く刻み込まれた。
“・・・・・・。俺は死ぬよ。”
俺は胸のわだかまりを静かに吐きたかった。
“え。何て言ったの。今何て言ったの。”
“俺は死ぬよ。”
“・・・・・・・”
“きっと死ぬよ。”
“どうして。どうして、ねえどうしてなの。”
“俺には力もない。身体だって小さいし、俺はただの人間だ。ただの人間なら死ぬのがあたりまえだ。生き延びる奴は、要領の良い奴だ。”
“・・・・・・・”
“もう人間じゃあない。けだものだ。人間なら心がある。美しい心がある。殺し合いはしない。人間は絶対に殺し合いなんかしないんだ。”
“・・・・・・”
“殺し合いなんかしない。”
“・・・・・・”
“俺は戦争なんかしない。けして殺し合いはしない。俺は本当の人間になりたいんだ” “・・・・・・”
清子も俺も、城山の頂上にたたずんで、しばらく時の経つのを忘れた。山がいくつもいくつも、重なって続いていた。・・・・・・
(1961.2.22.『炎』第22号・豊多摩高校文芸部)
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