梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

戦後文学の思想と方法・吉本隆明小論・《3》

梨野礫

 さて、その第二の部分は、いわゆる二段階転向論である。それはプロレタリア文学並びに文学運動批判としてあり、同時にまた吉本隆明の提起する芸術論、芸術運動論の問題でもある。

 彼のいう二段階転向論とはいかなるものであるか。
 〈わたしのかんがえでは、(略)プロレタリア文学運動の挫折は、昭和十二年~十五年を境にして、二つの段階にわかれる。
 前期は、いわば弾圧によって、運動史的な欠陥をつかれ、孤立し、後退し、転向していった過程であり、後期は、かつてプロレタリア文学最盛期に習いおぼえた腕っぷしと理論をつかって権力に迎合し、その文芸政策を合理化した積極的転向の過程である。
 前期の転向は、小林多喜二の専制主義による虐殺に象徴されるように、弾圧がその主要原因であり、後期は、これを権力の弾圧にきすることができず、いわばプロレタリ文学運動自体がもっていた文学理論、実作、組織論、の欠陥が自己転回して再生産されていった過程である。〉(「『民主主義文学』批判」・前出・106頁) 
 転向は、ひとえに国家権力の弾圧によって他律的に行われたものではなく、そこには常に内発的な意志がかかわっている。それゆえ、転向は大衆的動向から遊離した自己の孤立感がその積極的契機となる。そしてそこに二段階転向の必然性がある。つまり、戦前のプロレタリア文学者は、権力者の天皇主義的封建思想によって組織された民族主義的侵略の大衆的動向に、自己の思想的敗北を認めた直後追従し、同時に「プロレタリア芸術理論」を裏返して、みずから対外的侵略の「前衛」と化したのである。これが吉本のいう二段階転向である。
 とすれば、織田作之助のいう「左翼と右翼の一致点」とは、他ならぬ「プロレタリア芸術理論」によって裏打ちされていたのだ。
 「プロレタリア芸術理論」並びにその運動論は、いわゆる「政治の優位性」理論とその方法論としてある「主題の積極性」理論によって集約されうるであろう。吉本は「『民主主義文学』批判」(『芸術的抵抗と挫折』)で、いわゆる「芸術的価値と政治的価値」の問題にふれているが、それを要約すれば次のようになる。
 中野重治は、平林初之輔の、ある芸術の芸術的価値がどれほど大きくても政治的価値が小さければ、その芸術の全体的価値は小としなければならぬのではないか、という問題提起に対して、芸術に政治的価値なんてものはない、芸術評価の軸は芸術的価値だけだと結論した。中野は「トルストイが偉大な芸術家だったというのは、彼が人間生活の真実をすぐれた手わざで表現したということであること、しかし遂に神さまに縋りついて地主階級の階級感情を擁護しなければならなかったこと、そしてそれは芸術家トルストイの政治的マイナス価値でなくして芸術的マイナス価値であったこと」を書いている。だがこの中野の考えはアプリオリにマルクス主義的視点が予定されている。つまり、トルストイの芸術的マイナス価値を、彼が地主階級の感情を擁護したという政治的な理由から求めている。この問題は次のように解かれなければならない。芸術評価の軸は芸術的価値だけである。だがある芸術を、政治的、イデオロギー的評価の軸から評価することは可能であり必要である。そして芸術評価の軸は作品の中にあるのではなく、評価するものの内部の現実意識にある。したがって、ある評価者にとって、芸術的評価の軸tうくってと政治的評価の軸は一致せねばならず、ただこの二つの軸は別個の価値体系をつくっている。それゆえ、トルストイが地主階級の感情を擁護したことが、芸術家トルストイの政治的マイナス価値であるならば、それは同時に芸術的マイナス価値でなければならない。また中野の論敵、蔵原惟人は「プロレタリアートの芸術は常に言葉の広い解釈に於ける政治運動であり、この意味に於て『芸術的プログラム』は常に『政治的プログラム』である。ここまでは『イロハ』だ」と書いた。だがこれは誤謬のイロハである。蔵原は「党生活者」(小林多喜二)のいわゆるハウス・キーパー問題について、「プロレタリアートにとって家庭や恋愛の問題はその関心の一部ではあるが中心的問題ではない。彼にとって最大の関心事は階級闘争であり、したがって彼が家庭や恋愛を取りあつかう場合にも、それは作品の中心的主題として取りあげられるのではなくて、全体的階級闘争の一部として取りあげられ取りあつかわなければならないのである。」と書いたが、被支配階級にとって、愛情の問題も、階級的なたたかいも、生活も家庭も、人間性の全面的な開花につながるものはひとしなみに中心的課題に他ならない。

(1967年3月)

吉本隆明小論・《3》 : 戦後文学の思想と方法