戦後文学の思想と方法・吉本隆明小論・《2》
さて吉本は「転向」ということを次のように規定する。
〈それは、日本の近代社会の構造を、総体のヴィジョンとしてつかめそこなったために、インテリゲンチャの間におこった思想変換をさしている。〉(「転向論」・『芸術的抵抗と挫折』・未来社・169頁)
すなわち、吉本にとって転向とは必ずしも転向現象もしくは転向する人間の側の問題ではなく、「日本の近代社会の構造を総体のヴィジョンとしてつかまえそこなった」思想とインテリゲンチャとの関係の問題であり、また同時に思想それ自体の問題でもあるのだ。こうした規定は、転向を人間の問題として、あるいは人間の弱さの問題として、それを倫理的な枠の中におしとどめる、いわゆる一般的な転向論の視点をはるかにこえている。すなわち後者にとって、それはあくまで過去の問題であり、過去の清算の問題であるのに対して、前者にとってそれは、他ならぬ現在の問題であり、また未来へ向かっての出発の問題であるからだ。
吉本は、まず戦前における、とりわけ満州事変から日中戦争までの時期における日本の意識状況を次のように分析する。
〈日本の絶対主義権力は、庶民にたいしては「封建性の異常に強大な諸要素」を前面につき出して飼いならし、コミンターン・テーゼを至上の要請とした「前衛」にたいしては「独占資本主義のいちじるしく進んだ発展」を前面につき出して、その自己意識を幻惑させたということができる。こういう事情のもとで、「前衛」の意識におこったのは、政治意識と生活意識との矛盾であり、庶民の意識が自我成長のままつかませられたのは、後進国意識としてのナショナリズムの問題であった。しかし、日本におけるナショナリズムが後進国民族主義に終始せず、侵略的方向に結びついて行ったのは、このような庶民のナショナリズムへの欲求を、絶対主義権力が、その「独占資本のいちじるしく進んだ発展」の側面から利用したからに外ならない。〉(「芸術的抵抗と挫折」・『芸術的抵抗と挫折』・未来社・150頁)
すなわち、吉本は、戦前の知識人並びに「前衛」における政治意識と生活意識との矛盾、それに転向の積極的契機を見出している。
それではいったい政治意識rと生活意識との矛盾とはどのようなものとしてあったのだろうか。
吉本はその矛盾を知識人の側から、内的に規定するものとして、二つの典型的な思考過程をあげる。そしてそれこそが彼の転向論、とりわけ二段階転向論の論理的前提なのである。今それを彼の「転向論」(『芸術的抵抗と挫折』)から要約すると次のようになる。
その第一は、佐野学、鍋山貞親によって代表される。つまり知識を身につけ、論理的な思考法をいくらかでも手に入れてくるにつれて、日本の社会が理に合わない、つまらないものに見えて来、その日本の社会の劣悪な条件を思考の上で離脱して、それがインターナショナリズムと接合する所以であるとする。この原因は、その思考方法の中に封建的意識の残像が反映しているためであり、その残像を消去するためにかれらは思考を現実離脱させている訳だが、同時にそれは、高度な近代的要素と封建的要素が矛盾したまま複雑に抱含しているからである。それゆえ、このつまらない日本の状況を絶対的なものとしてつきつけられたとき、かつてそれと本格的な思考の対象として一度も対決しなかったことに気づき、それを日本封建制の優性遺伝的因子によって、それなりに自足した社会であると考えるようになう。
その第二は小林多喜二、宮本顕二らによって代表される。
それは広い意味での近代主義であり、思考自体が社会の現実構造と対応させられずに、論理自体のオートマチズムによって自己完結する。マルクス主義の体系が原理として完結され、思想は現実社会の構造、時代的な構造的な移りかわりによって検証される必要がない。日本的モダニズムにとっては、自己の論理を保つに都合のよい生活条件さえあれば、はじめから転向する必要はない。なぜなら自分は原則を固執すればよいのであって、転向するのは現実社会の方だからである。小林、宮本、蔵原らの「非転向」は、現実的動向や大衆的動向と無接触にイデオロギーの論理的サイクルをまわしたにすぎず、それは転向の一形態である。
以上がその要約であるが、封建性意識の残像の反映にせよ、近代主義にせよ、日本の知識人の思想過程の典型は、つまるところ現実からの離脱もしくはその黙殺という、観念論であった。私のいう知識人性とはそのことだが、これまで私のとりあげた新戯作派の作家たちは、いずれもそうした自己の知識人性に対して真っ向から対決するたたかいを展開したと信ずるがゆえに、《戦後》の出発点をみずから規定し、その状況を典型化する「戦後文学」として、私は新戯作派の文学をあげることができると考える。
吉本が言及したこの知識人論、それが彼の転向論を構成する第一の部分である。そして私は正にこの部分において吉本隆明を評価する。
(1967年3月)
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