戦後文学の思想と方法・戦後文学とは何か・Ⅰ・《4》
佐々木基一はそれについて次のように書いている。
〈文学史の任務は、ある文学現象がどのような社会的背景をもって生まれてきたかを解明すると同時に、文学に描かれた世界は社会と文学の発展の見地からどのような意味をもつか、またこの発展の特定の段階を文学者は如何に描きだしているかを解明することである。〉(「戦後文学の諸相」(佐々木基一)・『昭和文学の諸問題』・現代新書)
とすれば、瀬沼の規定は、戦後派文学の文学的プロセスの分析をその方法の骨子としている点で、あるいは何故に「戦後派文学」がプロレタリア文学とモダニズム文学の止揚であるかというその文学的構造を単に文学者のプロセスで語っている点で、一つの限界をもっているのではあるまいか。
佐々木はまた次のように書いている。
〈勿論表面に現れた政治上の様々な出来事や占領政策が、ただちに文学の上に反映され、直接無媒介に文学の歩みを決定すると考えることは誤りであり、実際にもそのような機械的に正確な並行関係は見られない。にも拘わらず占領下におかれたわが国の社会の基本構成と戦後の歴史の歩みは、様々な形で戦後の文学を大きく規定している。〉(前出・82頁)
だがそれではいったい、社会的背景を文学現象が何によって媒介されるべきなのであり、両者が並行関係でないとするなら、それはどのような関係であるのか。佐々木はそのような問題には答えていない。
思うに、瀬沼にせよ佐々木にせよ、「戦後文学」を文学史的に規定しようとするとき、単に文学現象を現象として語ることで、あるいはそれと社会的背景を一方的に結びつけてそれで事足れりとする傾向があるのではなかろうか。
ところで、すでにみたとおり「戦後文学」=「戦後派文学」とする考えが大勢をしめている。だがそれは、何をその根拠とした規定なのであろうか。私のみた限りでは、いずれも文学現象という《事実》をその唯一のよりどころとしているように思われる。
さきに引用した、荒正人と杉浦民平の規定に注目してみよう。荒は、正確には戦後の文学現象を分析しているのであって、戦後文学を規定しているわけではない。
だがそれに比べて、杉浦がひとつの文学的価値基準にしたがって戦後文学を規定していることは「戦後文学は・・・あるべきだ」といういい方からも明らかである。私は、佐々木基一のいう「文学に描かれた世界は社会と文学の発展の見地からどのような意味をもつか」という文学史の第二の任務に答えようとするとき、どうしても杉浦のような方法、すなわち文学的評価をともなった戦後文学の規定方法というものが必要になってくると思われるのである。けだし「発展の見地」に立つとは、いかにあるべきかを追求すること以外の何物でもないのだから。
だがもう一度、念のために「戦後文学」=「戦後派文学」という規定を検討してみたい。
(1967年3月)
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