梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

戦後文学の思想と方法・石川淳小論・《4》

梨野礫

「わたし」は、ユラ、ミサたちとの生活を「魚のような漠然たる生存」と名づける。同時にまた、それは「わたし」の生活に絶望する生活の表現でもある。そして「わたし」はというより石川淳はそうした「魚のような漠然たる生存」に一つの決着をつけようとする。すなわち書き手としての「わたし」は、それを書く(表現する)ということによって。さらにこの話の登場人物としての「わたし」は、絶望から脱するために、さらに深く絶望することによって、いいかえれば、絶望の奥底へ向かってまっしぐらに突進しようとすることによって。

 〈何の役にも立たない無、例へば地の裂け目、木の割れ目、空洞・・・空洞こそここに我が念ずる神の姿となって顕はれ、かくて、わたしにあっての聖痕示現はまさしくこの現身のわたしといふものが空に画いた虚ろの枠の中にぞっくり嵌まりこむことでしかなかった。・・・それはつまり死について考へてゐることだと覚るのにしばしの合間があったほど死の観念はその時非常にゆっくりわたしに忍び寄って来て、そしてそれが来た時にはもうわたしが驚くはずとてはなく、むしろうとうとと夢みごこちになるやうな和やかさであった。〉(前出・26頁)
 つまり「わたし」は絶望に徹することによって、絶望の生活をこえようとする。絶望に徹すること、それはおのれの存在を無に帰すること、つまり死ぬこと以外の物ではない。だがしかし「わたし」にとって死は、単なる死を意味しない。
 〈しかし重要なことは、わたしは死につつ死ぬことを意識してゐなければならなかった。〉(前出・27頁)
 何故か。いうまでもなく「わたし」にとって死とは、生の終結としての死を意味しないからだ。すなわち「死ぬことを意識」すること、それこそが「わたし」にとって生きることに他ならなかった。この言葉は明らかに、石川淳の「生と死」に対する弁証法的認識によって裏打ちされている。
 人は自分が絶対に死なない存在であるとしたら、はたしてことさらに生きようとするであろうか。おそらくしないであろう。なぜなら、死なない以上、ことさらに生きようとしようとしまいと、生きてゆけることに変りはないからだ。人は、自分が絶対に死ぬということを知っているから、ことさらに生きようとする。このことの意味することは、けだし生は死によって意味づけられているということ以外の物ではない。つまり人は、死ぬからこそ生きるのだ。
 ところで、それではいったい死ぬとはどういうことであろうか。つまり「死ぬ」という言葉が指し示す、人間の行為とはどのようなものなのであろうか。人は、死人を見て、「彼は死んだ」とはいうが、決して「彼は死ぬ」とはいわない。とすれば彼は、いつ死ぬという行為を行うことによって、死んだのであろうか。人は正に死なんとする人を見て、「彼は死ぬ」というかもしれない。だが
正に死なんとする人間は、生きている人間である。人は、彼の呼吸が止まったその瞬間、「彼が死んだ」というだろう。だが死の一瞬前まで彼は生きているのであり、つまり生きようとする存在なのであり、その一瞬後においてはすでに死んだのであり、もはや死んでしまった存在以外の物でないとすれば、人はいつ死ぬという行為を行うのであろうか。たとえ呼吸の止まる一瞬において、彼が死ぬという行為を行うとしても、呼吸を止めるというその行為は、彼が生きている存在としての行為であることは否定できない。そして呼吸を止める行為を指して「死ぬ」とよぶとすれば、「死ぬ」とは「生きる」存在の行為以外の何物でもない。けだし、死ぬとは生きることであり、また生きるとは死ぬことだ。「生と死」に対する弁証法的認識とはこのようなものとしてあるにちがいない。

(1967年3月)

石川淳小論・《4》 : 戦後文学の思想と方法