戦後文学の思想と方法・戦後文学とは何か・Ⅰ・《11》
私の『近代文学』派に対する評価を要約すると次のようになる。
彼らは戦後、日本の社会に残存している前近代性に注目し、それを近代化しようとした。それは多分に彼らの戦争体験にもとづいた発想である。彼らの戦争体験とは、厳密には戦時体験もしくは転向体験であり、彼らの思想の拠りどころとなる被害者意識には、日本の帝国主義的支配者(軍部官僚)に対するそれと共に、戦時中の非転向マルキストに対するそれが、負い目としてかなりふくまれている。そうしたことは、彼らの戦後における民主主義文学批判と無関係ではない。彼らの前近代性批判は、民主主義文学批判としてあった。それゆえ、彼らの批判は民主主義文学もしくはプロレタリア文学のもつ小市民性をみぬけなかった。その小市民性とは、けだしソヴィエト芸術理論の直輸入としてある。すなわち彼らはプロレタリア文学、民主主義文学を芸術論的に批判することができなかった。その集中的表現が、政治と文学論争というかつての「政治的価値と芸術的価値」(平林初之輔)論争のむしかえしであった。
彼らは芸術論・文学論の追求をおこたったために、前近代性の文学的表現である私小説リアリズムを黙殺することによって否定できると錯覚した。それは同時に、いわゆる一般大衆に根強く残っている《醇風美俗》という生活様式・生活意識の黙殺でもあった。彼らが正に彼らであることの存在証明である「思想」とは、思想自体としてもブルジョア・デモクラシーの枠を出ないという限界と、知識人的思い上がり、エゴイスチックな自己主張を含んでいた。彼らの意識はいわゆる大衆の意識と断絶していた。彼らの規定する戦後文学とは「戦後派文学」であり、それはその内容において大衆の意識と断絶しているが故に戦後状況を表現し得ず、また方法において自然主義リアリズムをのりこえることができず、さらに芸術論的には、文学イコール思想という芸術=認識説の枠を一歩も出ることができなかった。
私は以上の理由で『近代文学』派ならびに「戦後派文学」を戦後文学として規定することに同意するわけにはいかない。
(1967年3月)
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