戦後文学の思想と方法・戦後文学とは何か・Ⅰ・《1》
・・・戦後文学は、わたし流のことば遣いで、ひとくちに云ってしまえば、転向者または戦争傍観者の文学である。・・・(「戦後文学は何処へ行ったか」(吉本隆明)
戦後文学とは何か、という問いかけに答えようとするとき、それによって明らかになることはいったい何なのであろうか。思うに、戦後文学とは何かという問いの中には、二つの問題がふくまれている。すなわち、戦後文学はどれかという戦後文学の既定の問題と、その規定をふまえた戦後文学の本質は何かという芸術論・文学論としての問題である。
そしてそのとき、私は次のようないい方にちゅうもくしなければならない。
〈「戦後の文学」と「戦後文学」とを一応区別して考える必要がある。はっきり概念を立てておかないために混乱がおきている。〉(「戦後文学とは何か」(吉田精一)・『国文学・解釈と鑑賞』・第27巻5号・18頁)
「戦後の文学」という言葉が《戦後の文学現象》を指すものであり、「戦後文学」という言葉が、ある基準にもとづいて規定された文学もしくはその概念であることはいうまでもない。
だが次に、それではいかなる基準にもとづいて「戦後文学」を規定すればよいかという問題がおこってくる。吉田精一のいう混乱とは、正にその段階での混乱に他ならないが、今はともかくも吉田によって紹介された、荒正人と杉浦民平の規定をみていきたい。
〈荒正人によれば、「戦後の日本文学」を三つに分け、第一に「戦後文学」(またはアプレ・ゲール文学)、第二に伝統的文学、第三に民主主義文学・乃至は人民の文学だとしている。(戦後の文学)そして「第一の戦後文学」は昭和20年創刊の、荒達の「近代文学」によって触発されたものだとする。
杉浦民平によれば、「われわれの期待する戦後文学」は、第一に「抵抗の文学」であり、第二に「戦時下の抵抗を新しい社会のなかで発展させた革命文学または民主主義文学」であるべきだとする。(「ある晴れた日に」など)〉(前出・18頁)
荒正人と杉浦民平によって規定された「戦後文学」はそれぞれ全く異質のものを指している。だがその規定の違いは、いかなる規定方法の違いに因っているのだろうか。
「戦後文学」は戦後論、及び文学方法論の二つの側面から同時に規定されなければならない、というのが私の基本的な考えである。だが私のみた限りでは、そうした方法にもとづいた明確な規定は多く見当たらなかったように思われる。
だが今はともかくも、吉田精一の「戦後文学とは何か」の内容を要約することからはじめたい。
(1967年3月)
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