梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

戦後文学の思想と方法・戦後の状況・Ⅰ・《2》

梨野礫

 私たちは1945年8月15日以前を、ひとくちに「戦前」とよぶことになれている。だが「戦前」という言葉の中には、様々な生活意識から発した、生活史、個人史的なエレメントが多分に含まれており、それをただ論理的に解明しようとすることは不可能である。だがともかくも、「戦前」という言葉が指し示す対象を、具体的なものすなわち日本の歴史過程に即してみるならば、それは日本の近代化であり、資本主義化であり、その帝国主義化であり、軍事化であり、それがまた同時に日本の世界化であったことは、まぎれもない事実であった。そしてそうした歴史過程が、まがりなりにも日本の世界的な独立を支え続けたということもまた事実である。それではいったい日本の歴史過程にとって、8月15日はどのような意味をもつのであろうか。それを明らかにするためには、資本主義を媒介とした日本の世界化のプロセスをみていかなければならない。日本の世界化は、具体的には帝国主義的侵略委戦争として出発した。そして、世界の先進的資本主義国間の帝国主義戦争と、植民地分割戦争としてあった世界第一次大戦に参加し、漁夫の利を得ることによって、日本は名実ともに世界の資本主義国としてその名を世界につらねた。だが同時に第一次世界大戦は、ロシア革命を生みおとした。それによって、資本主義国の世界市場はいちじるしくせばめられ、やがては1930年代の大恐慌をもたらすことになる。

〈大恐慌のただなかに独占資本は新しい方向を求めて模索した。(略)アメリカではルーズヴェルトのニュー・ディール政策が生まれ、ドイツではナチスの全体主義経済政策が実行にうつされ、イギリスでは伝統的な自由貿易主義がすてられ、帝国内特恵制をこれにかえた。日本ではアジア市場にむかってのダンピングと戦争経済の方向への転換がすすんだ。〉(『日本資本主義講座』・Ⅰ・岩波書店・9頁)
 特にイタリア、ドイツ、日本など弱小資本主義国は、世界的な大恐慌の打開策として、経済の軍事化を余儀なくされた。
〈こういう状態に労働者をつないでおくためには、今までのようなブルジョア的な自由の制度の下での支配は役に立たない。そこで独占資本はその支配のために新しい政治勢力とそれによる最も露骨な独裁を必要とした。〉(前出・12頁)
 日本のいわゆる天皇制はそのようなものとしてあった。それではいったい、経済的な意味での日本の近代化(資本主義化)と、政治形態としての天皇制がどのように結びついていたのか、という点についてよりくわしくみていかなければならない。

(1967年3月)

戦後の状況・Ⅰ・《2》 : 戦後文学の思想と方法