「M1グランプリ」は《笑止千万》
吉本興業と朝日放送テレビが主催する漫才コンクール「M1グランプリ」が今年も行われ、参加者1万330組の中から令和ロマンというコンビが優勝、1000万円を獲得したそうである。なるほど今の世の中は金、金、金、2万660人の芸人がそれを求めて殺到したか。その昔(1931年)、ルネ・クレール監督の映画「自由を我等に」の中で、主人公が持ち逃げしようとして屋根に隠した札束の山が、突風に煽られて舞い上がり、降り注ぐ紙幣に殺到する人、人、人・・・という場面が浮かんでくる。まことにさもしい話で笑うほかはない。
吉本興業は所属芸人が売れれば収入に跳ね返り、朝日放送テレビは視聴率が上がればスポンサーからの収入が増える。主催者も参加者も金、金、金・・・、そうした構図の中で漫才の質・技が向上するはずがない。
これまでに19組の歴代チャンピオンが選ばれたが、印象に残るコンビは中川家、サンドウィッチマン、トロサーモンくらいで、他は「金太郎飴」然、どれを見ても「みな同じ」だ。だからこのコンクールが漫才界の質的向上に寄与しているとはとうてい思えない。
今年から、サンドウィッチマンの富澤たけしが審査員を降りたそうだが、賢明な判断だと思う。なぜなら、彼は歴代のチャンピオンの一人で「笑わせる立場」の人間、その漫才が面白いか否かは「笑う立場」が決めるべきだということに気づいたからではないか。
本来、審査員とか審判員に要求されるのは「公正さ」であろう。「M1グランプリ」の審査員を見ると、2回(2002年)以降はすべてが「笑わせる立場」のお笑い芸人で占められている。いわば身内(先輩)が身内(後輩)を審査していることになる。これでは公正な審査ができるわけがない。参加者も、まず審査員たちに「気に入られる」ことを重視するだろう。
いうまでもなく、漫才が面白いか否かを決めるのは「笑う立場」の人間、寄席やホールの観客、テレビの視聴者でなければならない。彼らの支持(人気)を得るために、芸人は日々、努力精進を重ねるのである。人気が向上すれば、観客数、視聴率も増え、結果として芸人の収入が増えることになる。その場限りの「一攫千金」を夢見ている限り、漫才の質・技は低下する一方だろう。かくて、参加者の数は2万人に増えても生き残るのは数人だけという惨状を呈することになるのである。
もし、その数人になることを目指すなら、人生幸朗・生恵幸子、昭和のいる・こいる、あしたひろし・順子、大木こだま・ひびき、といった先達の「芸・技」をお手本にするがいい。
(2024.12.23)
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