梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉児と情緒」(昌子武司著・教育出版・1980年)抄読・8

梨野礫

2 感覚の訓練
【要約】
◎「原情」から「情緒」への移行が起こり難い原因として「感覚の異常」があるのではないか。「感覚の異常」を矯正することができたら、移行がおこるのではないか。
・「感覚の異常」は、それぞれの子ども特有のものである。要するに、感覚の単純な異常ではなくて、調和のくずれであるといってよい。訓練するといっても、単一の原則を設定することは困難である。試行錯誤を繰り返さざるをえない要素がある。
・まず、その個人の様態を正確に把握する必要があるであろう。
・訓練の原則は、以下のとおりである。
①にぶい部分を鋭敏にする訓練をほどこすと同時に、過敏な部分をにぶくさせるような方法を考えること。
②にぶい部分には強い刺激を与えていき、徐々に刺激を弱くしていって、弱い刺激の弁別を可能にしてゆく。過敏な部分には弱い刺激から始めて、しだいに強くしていって、強い刺激に慣れさせてゆく。
③弱い刺激にしろ、強い刺激にしろ、不快を起こすものはさけ、できるだけ快の刺激である必要がある。
④その快の刺激を与えてくれるのは「人」であるという認識を与えておく必要がある。
⑤できるだけ機械・器具のようなメカニックなものをさけ、素材といったものを用いるのが適当であろう。
例・《水を素材とする時》噴水、水車、シャワーよりも、指導者がプールに一緒に入って、水をかけたり、泡を出したり、水流を起こさせたりして、その感触を通して訓練をする。例・《ふとん、毛布を素材とする時》指導者もいっしょにもぐりこんで持ち上げたり、こすったり、投げたりすることが有効である。
例・《音楽を素材とする時》レコードやテープを使うより、指導者自身が板や箱をたたき、舌を鳴らして、リズムをとる方が意味がある。


《感覚訓練の素材と使用法一覧》
◎触覚に関するもの
・ねんど、小麦粉をねったもの、チューインガム、生うどん、糊、シェービングクリーム、粉石鹸、食用油、寒天・・・ヌラヌラした感じを与える。
・砂、乾いたインスタントラーメン、乾いた寒天、米、コーンの粉、おがくず、発泡スチロール、白砂糖、洗濯石鹸、小麦粉・・・ザラザラするものからサラサラするものへ。
・紙各種(本の箱、本の表紙、雑誌、新聞紙、広告の紙、封筒の紙、ハトロン紙、ティッシュペーパー、トレーシングペーパー、吸い取り紙、各種和紙、各種包装紙、各種紙やすり)・・・ザラザラ、サラサラ、ツルツル、スベスベ。破る、もむ、握って固まりにする、いろいろな形を作る。軍手に以上の紙を貼っておき、手や腕、ほほなどを撫でる。
・各種布きれ(カーテン生地、婦人服地、芯の生地、ナイロン製タオル、各種毛布、皮など)・・・紙と同じように利用できる。
・タワシ、歯ブラシ、靴ブラシ
・水
・各種ウレタン、綿、ゴム風船、スポンジ、ゴムボール、毛糸の玉、空気を入れたビニール袋・・・フワフワする感じを与える。
・氷、鉄、陶器、その他・・・温度差を感じさせる。
◎視覚に関するもの
・ゴムボール、ウレタン、手製の螺旋様バネ・・・とび上がるもの
・コマ、レコード、なべのふた、円形のお盆、皿、リンゴなどの球形果物・・・回るもの・ボール、なべのふた、鉛筆、各種の輪、各種のビン、球形の果物、豆類・・・ころがるもの(板の傾斜をころがす)
・輪ゴム利用のおもちゃ、パチンコ、弓、馬術用鞭、洗濯ばさみ・・・はねるもの
・水、砂、小麦粉、油、おがくず、白ざとう・・・流れるもの
・ひも、紙のちぎったもの、タオル、旗、靴下、ハンカチ、くずフィルム、生うどん、モール・・・ヒラヒラするもの
・懐中電灯、万華鏡、鏡、茶かん、各種コップ、各種波板ガラス、舞台照明用ゼラチン、薄い布、各種レンズ、モール、磨いた鉄片・・・視覚を直接刺激するもの
◎聴覚に関するもの
・たいこ、ボンゴ、つづみ、拍子木、各種の箱、金属片、木片、なべのふた、洗面器、皿、その他、たたくことによって音の出るもの・・・リズム感を調整する。
・カンと砂(豆、米、おがくずなど)・・・振って音を出す。
・各種の箱にゴムを張ったもの・・・はじくことによって音が出る
・くずフィルム、新聞紙、各種包装紙・・・握ると音が出る
・各種の小箱・・・耳に当て、角度を変えて、外から聞こえる音を変化させる。
・糸電話・・・筒にあてる紙を変化させることによって、音質を変える。
・各種のビン・・・吹いていろいろな音を出す。
◎その他
・ハンモック、ドラム缶、大型ボール、魚網・・・体を乗せて、バランスの訓練をする。・ふとん、マット、人工芝、ウレタン・・・跳ぶ、ころがる、前転などの運動の訓練。
・ふとん、魚網、毛布、タオルケット・・・指導者ともぐって遊ぶ。
・大型のダンボール箱・・・指導者と中に入って遊ぶ。


◎もっとも重視すべきは親子関係のあり方である。親子を分離した指導方法には限界があるように思える。


◎親子関係の中で留意すべききこと
①まず親の情緒が安定していること。
②情緒を簡潔かつ明瞭に伝える必要がある。
③不快の情緒より、快の情緒を先行させるべきである。「したわしい」「甘え」「うれしい」といった快の情緒が起こることが先決。親子の親密な関係をつくることが、すべての指導の前提となる。「しつけ」たり「教え」たりすることは逆効果になるだろう。
④不快の情緒も明確に伝える必要がある。親子の親密な関係ができた後にはじめて「しつけ」が可能になる。
⑤その後、小さな子どもの集団に入れること。(兄弟、近所の年下の子ども)
⑥感覚訓練をする必要がある。
⑦パニックをおそれないこと。パニックを乗りこえた時に大きな成長が期待できる。


◎指導者との接触の場合に留意すること
①まず1対1の関係をつけること
②親子関係の実相をよく観察すること。親の「接し方」はヒントになるが、親が従来の「接し方」に固執、低迷している場合は、それを改訂する必要がある。
③快の情緒を起こすこと。
・親密な関係をつけることから出発すべきであり、「指導すること」「教え込もうとすること」は逆効果になる場合が多い。
④子どもの観察を十分にすること。
・どのような特徴をもち、どのような感覚異常の状態にあるかを観察すること。
⑤もっとも好きなことを出発点とする。
・本人の「常同行動」を出発点として、どのようにすれば広げることができるかを考究する必要がある。
⑥経験の拡大がすべてに先行する。
⑦指導者との親密な関係ができてから訓練・指導に入る。
・感覚訓練をする場合、指導者との親密度を薄めないことが大切であり、機械・器具にたよらないで、指導者との関係を深めながら実施すること。
⑧指導者と1対1の関係ができてから数人の子どもの集団に入れる。
・数名の子どもで、社会性・精神発達の遅れのある子の集団がよい。素朴な情緒の伝達が期待できるからである。
⑨子どもの変化に即応できるフレキシビリティが大切である。
・自分の計画にこだわると失敗する例が多い。あくまで、子どもの動き・興味・関心に留意すること。つねに試行錯誤の繰り返しである。
⑩他人の批判を気にしないこと。
・どの指導者のやっていることも試行錯誤にすぎない。相互に批判する段階ではなく、相互に吸収しあう段階である。


【感想】
 ここでは「感覚の訓練」の内容・方法がたいへんわかりやすく示されているので、大いに参考になった。訓練に臨み、最も重要なことは「親子関係のあり方」であり、まず「親の情緒が安定していること」が第一の条件であるという指摘も、納得できる。言い換えれば、親の情緒が不安定な状態で「感覚の訓練」を行っても、効果は期待できないばかりか、かえって状態を悪化させてしまうこともあり得る、ということである。だとすれば、まずどのようにして「親の情緒」を安定させるかということが先決となるが、その方法は千差万別であり、一言では語り尽くせないことも、よくわかる。
 著者は、訓練で機械・器具などメカニックなものに頼らないことを強調している。その背景には、親が子どもを「いとおしい」「かわいい」と思って、身近な素材を準備し、どうすれば子どもが「一緒に喜んでくれるか」を試行錯誤することを期待していることが窺われる。そのこと(親の苦心、創意・工夫)で、子どもが頻繁に快の情緒を現すようになれば、親の情緒は安定し、訓練に大きな成果が期待できるということであろう。
 終わりに、指導者に対して「他人の批判を気にしないこと」とあるのも、その一言に私自身はたいそう励まされ、大きな元気をいただいた次第である。
(2017.2.8)