梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・36

《5.平衡感覚訓練》
・平衡感覚に働きかける刺激とは、身体の動きと姿勢に変化を与えるということである。刺激の種類は次の7つに分類される。
①身体の前後方向への直進加速度
・ブランコに乗る。電車・バスの前向きの座席に乗る。ジェットコースターに乗る。
②身体の左右方向への直進加速度
・電車・バスの横向きの座席に乗る。両足をもってぶらさげ、左右に振ってもらう。いしくらまんじゅうをする。
③身体の上下方向への直進加速度
・シーソーに乗る。エレベーターに乗る。トランポリンで跳ぶ。
④身体の前後を軸とする回転加速度
・側転をする。横抱きにして振りまわしてもらう。
⑤身体の左右を軸とする回転加速度
・鉄棒で前回りをする。でんぐりがえしをする。両手をつないでもらい、おとなの腹に足をかけてから足をぬいて、うしろ回りをする。
⑥身体の上下を軸とする回転加速度
・回旋塔に乗る、遊園地のティーカップに乗る。マットの上でごろごろ転がしてもらう。⑦姿勢の変化
・うつぶせ、あおむけ、横向き、倒立など、とくに、頭の位置が身体の他の部分より低い位置にいくような姿勢が大切である。
・足首をもってもらって逆立ちをする。低鉄棒に足をかけてぶら下がる。
*実際の活動では、7種類の刺激がさまざまに組み合わされていることが多い。活動を選ぶ際には、多くの異なる頭の位置と動きとが必要である。
・さらに、刺激の強さからみると、大きく3つの段階に分けられる。
A.親子体操のような活動
・おとなの身体そのものを遊具として、子どもに働きかける活動である。文字どおり一緒に楽しむ活動であり、日常手軽に行うことができる。
B.遊具を利用した活動
・すべり台、トランポリン、ブランコなど、遊具を活用した活動である。子どもの自動的努力がいっそう必要となる。
C.バスやエレベーター、遊園地の乗り物のように、動力を用いることによって可能となる活動
・最も強力で効果的な刺激が与えられる。遊園地に月1回程度、定期的に通い、子どもの変化をとらえることも必要である。
◆ 親子体操のような活動例
①手をつないで走る ②向かい合って座り(両足を合わせ)、両手をつないで身体を前後にゆらす(ボート) ③おいかけっこ ④かたぐるま ⑤おんぶして走ったり跳んだりする ⑥ウマになって背に乗せる ⑦おとなが並んで寝そべった上を歩く ⑧おとなが四つん這いになって並んだ上を歩く ⑨たかいたかい ⑩おとなが仰向けに寝て子どもの足と手を持ち上げる(ひこうき) ⑪台の上から飛び降りる ⑫おしくらまんじゅう ⑬布団の上をごろごろころがす ⑭おとな二人で手を組みその上に乗る(おみこし) ⑮おとなの腕にぶら下がる ⑯ふとんの上ででんぐりがえしをする ⑰手押し車 ⑱腕鉄棒 ⑲両脇を抱えて振りまわす ⑳横抱きの姿勢で振りまわす ㉑おとな二人で手と足を持って横に振る ㉒おとな二人が子どもの片側ずつ手足を持って縦に振る ㉓おとなが肩でぶら下げる ㉔おとなが肩でぶら下げて振る(足ぶらんこ) ㉕マットやトランポリンの上に投げ出す
◆遊具を利用した活動
①ワゴンカーに乗せてひっぱる ②フロアカーの乗せてひっぱる(腹ばい)③車付きの椅子に乗せて押す ④平均台をわたる ⑤平均台の上から飛び降りる ⑥ジャンピング台 ⑦バランスボードに立たせて、手をつないで左右にねじらせる ⑧カラートンネルに入れて回転させる ⑨ひとり用シーソー(手作り遊具) ⑩トランポリン ⑪バルーン(大きなビニールボール)に腹臥位でねかせて、ゆっくり前後にゆらす ⑫回転キャタピラー
⑬すべり台 ⑭シーソー ⑮ブランコ ⑯鉄棒にぶらさがる ⑰鉄棒で前回り ⑱吊り輪⑲タイヤブランコ ⑳グローブジャングル ㉑回転椅子に乗せて回す ㉒フロアカーに腹ばいで回転させる ㉓担架にのせて上下に振る ㉔担架に乗せて左右に振る ㉕毛布に乗せ四隅を持って振る ㉖ソファーの背を利用して逆さづりにする ㉗ハンモックに乗せて回転させる(25~30回/分が適当)㉘ハンモックに乗せて揺らす ㉙ロープで足首を固定し逆さづりにして回転させる(支点2つ)㉚ロープで足首を固定し逆さづりにして揺らす(支点2つ) ㉛ロープで足首を固定しいろいろな方向に揺らす(支点1つ)㉜ロープで足首を固定し、大きく旋回させる(支点1つ) ㉝ロープで足首を固定し、ロープの巻き戻しを利用して回転させる(支点1つ)
◆動力を利用した活動
①メリーゴーランド ②ティーカップ ③ローターウェーブ ④ビーバー ⑤硬貨を入れると動く遊具 ⑥ジェットコースター ⑦バスや電車に乗る ⑧エスカレーターやエレベーター
・平衡感覚が鈍い子どもの場合は、「回転」させても目が回らない。活動を重ねていくうちに、目まいを起こすようになれば、正常な感覚に近づいたと判断できる。
・ウォルシュの研究では、垂直位より水平位が重要とされている。
・回転させる速度は毎分30~40回の速度がふつうだと考えてよい。
・平衡感覚が敏感だったり不安をもっている場合には、受動的に動かさず、自分の力で動くようにさせればよい。
・子どもによっては、刺激を与えたことによって過度に興奮的になったり、あるいはゆっくりとした刺激によって抑制的になったりといった反応を示すこともあり得る。その時の対処法として、エアーズは次のように言っている。
*もしも前庭刺激が過度に興奮的、あるいは過度に抑制的であることがわかった場合には、子どもに適応反応を現すように(たとえば大ボールの上で回転された時には腕を伸ばして床に手をつける)言うことによって、正常な反応を促進することができる。反応を組織することは、脳機能の興奮性および抑制的要素の釣り合いをとらせることになる。(『感覚統合と学習障害(1975年)』(協同医書出版社・昭和53年)  
・原則として最初は子どもの喜ぶ刺激から与え始める。マイナスの刺激を与えようとする時は、刺激の強さが弱いものから始めるようにする。
・活動を行う上で気をつけなければならない点は、以下の通りである。
①まわりに気をつける。②急にひっぱらない ③関節を痛めないようにする。(手だけを持って振り回さない、子どものわきの下に手を入れて、抱えて振るようにする。手を持つときは手首の真上を握らずに、手首よりひじよりのところを握るか、子どもと握手し合うようにして持つ。足を持つときも、足首を握ると関節を痛めるおそれがあるので、少し膝よりのところを握るようにする。トランポリンが、立って跳ぶと腰に負担がかかりすぎるので。寝かせてはずませるか、おとなが抱いて跳ぶなどの配慮が必要である)④2歳以下の乳児は振り回さない。(2歳以上でも、発育の遅れている子どもの場合には、充分注意して刺激の強さや回数を加減する。発作のある子どもの場合も、刺激の強さや回数を考慮する必要がある。強力な刺激は、1回の活動時間を1分以内とし、長時間たて続けに与えないようにする。
【感想】
・ここでは「平衡感覚訓練」の活動がわかりやすく、具体的に紹介されている。刺激の種類が7つあること(前後直進、左右直進、上下直進、前後回転、左右回転、上下回転、姿勢の変化)、また強さには3段階あること(親子体操、遊具、動力)がよくわかった。それらの活動は、通常の「子育て」の中で、知らず知らず行っていることがほとんどであろう。しかし、子どもが嫌がる、怖がるなどの理由で、それらの活動が不足することも考えられる。「自閉症」と呼ばれる子どもの場合は、「平衡感覚刺激」を求める傾向が強く、くるくる回る、跳んだり跳ねたりする、身体を大きく揺らすなどの行動がめだつ。私はこれまで、それらの行動は「視覚刺激」を求めるためと考えていたが、それ以前の「近接受容器」に問題が生じているため、という考え方を理解・納得することができた。
・また活動を行う際の留意点として「手を持つときは手首の真上を握らずに、手首よりひじよりのところを握るか、子どもと握手し合うようにして持つ」ことが挙げられていることも興味深かった。「手をつなぐ」と称して、実は「手首を(拘束して)持つ」教員や親の姿を何度も見かけてきたからである。手のひらを重ね合わせてもつ(握手)することによって、双方の気持ちも伝わり合う、「平衡感覚訓練」という《訓練》の場面でも、そのことがきわめて重要であると、私は思った。 
(2016.5.5)