梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・34

《3.子どもの反応》
・おとなが意図的に刺激を与えるときの着眼点や注意すべき点について述べる。
A.刺激を与える前の子どもの反応
・新しい活動ということだけで尻込みしたり、自分自身の限界について鋭く意識している子どもがいる。子どもが道具を見て不安症状を示したら、その道具が脅威を与えていると考えなくてはならない。無理強いしてはいけない。
・どの程度の刺激なのか、おとな自身があらかじめその刺激の活動を経験してみるとよい。・不安症状を起こさせないように、より抵抗の少ないものから始めるようにする。
B.刺激を与えている最中の子どもの反応
・子どもが嫌がっているようなら中断しなくてはならない。
・子どもの表情や態度に気をつけなければならない。真剣な顔、神妙な顔つきになったら怖がっているのかもしれない。
・泣き出す、声を上げる、集中しない、逃げ腰などの「反応」は嫌がっている証拠だが、少し間をおいてから再度試みるようにする。
・反対に、満足しているように見えても、望ましくない反応が出てくることもある。頬の紅潮、顔の蒼白、発汗、あくび、吐き気などは危険信号である。刺激の影響が自律神経系に及んだために、かなりの気分の悪さがもたらされているかもしれない。その刺激を好み、要求してくることがあっても、すぐ止めるべきである。
・不適切な活動であったが、不必要な刺激だとはいえない。同種の刺激を別な方法で与えるようにする。
C.刺激を与え終わったときの子どもの反応
・急にニコニコしたり、もっとやって欲しいという身ぶりを示したりするようなら、プラスの反応である。
・終わってからもう一度誘うと拒否したりする場合は、刺激の与え方が子どもに適していなかったのだろうと考える。
・終わってから30分経っても子どもの興奮状態が静まらなかったり、破壊的行動があったりしたら、刺激が過剰だったといえる。この過剰負荷と、刺激が適切だったときに子どもが喜んで感情が高まっている場合とを混同しないように、注意深く反応をみなければならない。
*エアーズの『感覚統合と学習障害』には次のような例があげられ、その対処法が書かれている。
〈感覚統合治療によっておこり得る最大の害は、おそらく、脳幹を過剰に抑制してしまうことである。子どもが意識を失ったり、チアノーゼ症状をおこした、という実例がある。どちらの場合も、抑制性前庭刺激によって、生命機能の抑圧が行われたものと思われる。この影響は、脳幹に対する小脳の抑制性作用によるものと見ることができよう。もしこのような反応がおこった場合には、足や顔への軽い触覚刺激や、手への氷刺激を用いることによって、より正常な興奮状態を作り出すことができる。〉
D.長い目でみた子どもの反応
・感覚刺激(主として平衡感覚刺激)の影響は、非常に長く続くことがある。
・その日一日の様子を注意して観察しなければならない。顔色が悪い、あくびや嘔吐がある、夜就寝後も動きまわる、うなされるなどのことがあったら、感覚刺激が過剰だったための反応かもしれない。一時的に刺激を減らすようにする。
・発作ぼある子どもの場合は、感覚刺激のためにかえって発作が頻発していないかどうか、注意する。
・もっと長期的には、活動を続けるに伴う、子どもの情緒的な反応(行動)をみていかなくてはならない。それは、プログラムの終了ということにも関連すると思うので、以下、エアーズの忠告を引用する。
*〈治療直後の一時的な情緒反応に加えて、もっと深く広い情緒反応が、治療開始後数ヶ月頃に現れるように思われる。この変化は子どもおよびその行動にとって圧倒的なものであり、もし治療者がこれを理解しなかった場合には、治療者の方が圧倒されかねない。これらの情緒的変化は、神経学的変化に伴う肯定的な人格成長のある1つの段階を示しているように思われる。必ずしも避ける必要はないが、おきた場合には、子どもに期待する程度をさげることによって、それを弱める必要はある。子どもの行動は、感覚統合の1つ上の成熟段階に達する直前には、混乱を示すことが多い。感覚統合活動に対して両面価値的な感情をしめし、それをするのだと主張しながら、そのプログラムにうまく集中できない、といった事態になることがある。一方、別の子どもたちは、ある種の多幸性を示し、すべての問題が解決したように振る舞う。後になって、そうでもないことがわかって、落胆したりする。治療の重要性を何とか認識はするが、散漫できわめて情緒的な、統制力の乏しい反応をするというのは、必ずしも知能ではなく、精神的なものによるように思われる。治療者はこのような発達を機敏にとらえ、理解し、それを治療過程における重要な段階として受け入れ、この反応はプラスの出来事であり、数週間経てば終わるだろうことを、必要がある人には知らせて、忍耐と保証を与えることが必要である。この時点では、治療計画に、より柔軟性が必要であり、子どもには好きな活動を自分で選ぶ特権を与え、その選択したものがより単純なもので子どもがうまくでき、安心感を得られるものであれば自由にさせるのがよい。〉
【感想】
・ここでは、感覚刺激を与える前、最中、後、そして長い目で見たときの「子どもの反応」を、どのように見るか、その結果をどのように考える(解釈・判断する)か、について述べられている。前には、子どもに不安症状を起こさせないように配慮すること、最中には、子どもの様子をよく観察すること、後には過剰負荷を与えていないか確認することが重要であるということが、よくわかった。また、長い目で見たときの「子どもの反応」に対するエアーズの忠告もたいそう興味深かった。そこでは「情緒反応」という言葉で説明されていたが、要するに「感覚統合訓練」を数ヶ月続けていると、「圧倒的な変化」が起きる。その一つは「訓練を嫌がる」ようになる、その二つは「嫌がらないが意欲が低下する」ということではないだろうか。いずれもそれは「治療過程における重要な段階」であり「プラスの出来事である」、だからそのように「必要がある人」(その子どもの関係者)には伝えればよい、というエアーズの考え方(プラス思考)は、たいへん参考になった。しかも彼は、そのような場合には「子どもには好きな活動を自分で選ぶ特権を与え」「子どもがうまくでき、安心感を得られるものであれば自由にさせるのがよい」という柔軟な治療計画が必要であることを強調している。
 どんなことにも「壁」(スランプ)はつきものである。心配したり、落胆したり、絶望したりするよりも、「ここまではこれでよかったのだ」というプラス思考で受け入れ、柔軟に「次の手を考える」、そうした姿勢が治療者(臨床家)にとって何よりも大切であることが、よくわかった。(2016.5.2)