梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・30

《4.診断の実例 2(『自閉性精神薄弱児の家庭指導1』(小林提澍著・福村出版)のYくん)》
・昭和30年5月30日から同年10月24日までの約半年間の記述を利用して、感覚診断の演習を行う。
◆Yくんの感覚診断の結果
●平衡感覚《鈍い》→・同一の位置で盛んにとび上がる。・ブランコが大好き。・電車は好き。・ブランコを少しゆするとこわがるようになった。・ベッドのスプリングの上で飛びあがる。・舟にのるのに初め恐がるがしまいには面白がって喜んでいた。自転車にのって大喜び。・メリーゴーランド、豆汽車など動き出すととても嬉しそうに声をあげる。
●皮膚感覚《鋭い》・(温覚)→・部屋が一番暑くなるお昼ごはんは殆ど食べない。・暑さに対して敏感。《鈍い》・(触覚)→誰にでも平気で抱かれる。・自動車をなでまわす。・ひげにさわる。・ゾウリを好む。・カバンをさわったりする。・石だたみを裸足で歩く。(水感覚)→タライを出して水遊び、大喜びだった。・海、波にさらわれそうになっても大喜びで遊ぶ。
●味覚《鈍い》→偏食はない。・屎尿桶の中のものをなめた。・土を食べる。・石をなめる。●嗅覚《鈍い》→香油をつけてもらって臭いをかいで喜ぶ。大便をいじる。
●聴覚《鋭い》→小さな声で話すと小さな声で反応する。・大きな警笛をこわがる。・ラジオの音が大きくなったり小さくなったりするのをこわがる。・雷がいくら鳴っても全然関心なし。ドライヤーの音にびっくりする。・耳の検査で大きな変わった音をたてても知らない顔。・電話の音でイライラ調子が狂う。
●視覚《鋭い》→・シャボン玉を追いかけて喜ぶ。お面をひどくこわがる。赤いブラウスをこわがる。扇風機・車・ミシン・モーターなど回る物をひどく珍しがる。木馬の顔をこわがる。・真っ暗な部屋には一人で入ろうとしない。・大きな牽引車をこわがる。ネオンサインを珍しげに眺めている。・散歩の道が違うと道に座り込む。
*Yくんの平衡感覚は明らかに鈍いと思われる。「舟は最初こわがる」「木馬の顔をこわがる」などの行動は、過敏な視覚に対して刺激が働いて、平衡感覚刺激の面については、くわずぎらいになっていたのではないか。
*聴覚の面においても、「雷がいくらなっても全然関係なし」「耳の検査で大きな変わった音を立てても知らん顔」など、一見鈍い感覚と思われるような行動が出ていたが、「2回聞いただけで曲を覚える」など聴覚の鋭さをうかがわせる行動がある。見かけ上の聴覚の鈍さは、鋭すぎる聴覚を持つ本児が、強すぎる刺激から自分を守るために身につけた無意識の感覚遮断ではないかと考えられる。だから「小さな声には小さな声で反応」する。・Yくんは、昭和26年10月生まれ、出産時、臍帯が首に巻きつき産声を上げなかった。生後10カ月、結核で服薬1カ月。1歳半の時高熱、2歳と2歳半の時自家中毒。3歳6カ月から療育ノートを書き始める。7歳からM特殊幼稚園に通い始めたが、集団の中での進歩はみられない。10歳で精神薄弱児施設K学園に収容され、約8年間Yくんの精神発達はほとんど変化がないものだった。もし早期のうちにYくんの感覚障害が的確に把握され、積極的な働きかけがあったとしたら、Yくんの状態像は少なからず変化していたに違いない。


《5.診断の実例 3(『自閉性精神薄弱児』の元紹くん》
・元紹くん(昭和34年5月生)の昭和38年6月(4歳1カ月)から39年12月までの記録を利用する。
◆元紹くんの感覚診断の結果
●平衡感覚《鈍い》→すべり台で抱っこしてすべるととても喜ぶ。・ブランコ少し動かしながらのる。・ダンボールの大きな箱に乗って母に動かさせて喜んでいる。・木製トラック荷台に乗って押してもらうのを喜ぶ。・始めて木馬に乗り、動き出してギョッとしてすぐ降りた。・膝でやるシーソーを喜ぶ。・デングリ返しをよくやる。イモムシゴロゴロ気に入る。抱いてぐるぐる回しを喜んでいる。
●皮膚感覚《鋭い》・(触覚)→・洗髪嫌がる。・帽子を嫌がってかぶろうとしない。・砂遊びは好きそうではなく母にやらせる。・外を歩く時、手を引かれるよりもスカート等をつかんでいる方が好き。・米いじりが好き。・足をなでてやるとおとなしくニコニコしている。・長く抱っこしていられるようになった。(温冷覚)→・暑さで食欲がなくなった。・暑いくらいの暖房で調子が悪い。少し涼しくなると元気がでてくる。寒くなる前に奇妙な発声、よだれ、悪い血色などがみられる。《鈍い》→・(口の中の触覚)いろいろなものをなめたり口に入れる。・ガラスケースをぺろぺろなめている。・金物をよくなめる。・テーブルの角、冷蔵庫のドア、流しのステンレスの縁等かじったりなめらりしなくなった。
(痛覚)→ たんすの角で目の横を切るが両親がかけよると泣きやんでゲラゲラ。・親指の爪が取れていても少しぐずる程度である。(水感覚)→・池でキャーキャーワーワーいって遊ぶ。・池を少しこわがる、でも水の中に入る。・行水好き。・水遊び好き。
●聴覚《鋭い》→・トイレのドアのガタンという音でワンワン泣く。・ガラス越しに呼ばれてもふり向きもしないし知らぬ顔。・地下鉄、大きな音で大泣きする。・エレベーター大嫌い。・ワンマンカーのブザーがこわくて逃げようとする。・ビンビン響く楽器を使った音楽をきいてゴキゲンである。テレビの時報の音をこわがる。・テレビの音量一杯にしても知らぬ顔。
●視覚《鋭い》→・乗り換える駅を覚えている。・お寺の本堂に入るのを恐ろしそうにした。・色とりどりの乗り物が動いているのが気に入りいつまでも見ている。・クレヨン全部置くとクレヨンをとりかえるだけである。・暗い外がいやなのか泣く。・虫めがねをきにいってやる。・順序を覚えてテレビの部品を一人ではめ込もうとする。
*元紹くんも、聴覚、視覚に鋭い感覚を持っている。
【感想】
・著者は、「感覚診断の方法」を会得する演習として、『自閉性精神薄弱児の家庭指導1』(小林提澍著・福村出版)の2事例を採り上げている。
・いずれも間接的な「感覚診断」だが、それは要するに、書かれてある記述の中から「感覚障害」をうかがわせる行動を抜き出し、それを「感覚」別に、また「障害の質」(鋭い・鈍い・混乱)別に分類・整理することだということが、よくわかった。その際に留意すべき点は、①同一種類の感覚について鋭さと鈍さが共存することはまずないこと、②一見「鈍い」と思われる行動であっても、「鋭い」感覚を持っている場合の防衛反応で、強すぎる刺激から自分を守るための内在的な感覚遮断がある、ということである。それは、Yくんの場合の「聴覚」(・雷がいくら鳴っても全然関心なし ・耳の検査で大きな変わった音をたてても知らない顔)や、元紹くんの場合の「聴覚」(・ガラス越しに呼ばれてもふりむきもしないし知らぬ顔 ・テレビの音量一杯に大きくしても知らぬ顔)などに該当すると思われる。ただ一つ、元紹くんの「聴覚」で、「ビンビン響く楽器を使った音楽をきいてゴキゲンである」という記述が気になった。ゴキゲンということは「刺激を回避」もしくは「強すぎる刺激から自分を守るための内在的な感覚遮断」とは思えない。むしろ
「刺激要求」行動のようにも思えるのだが、瑣末に過ぎることかもしれない。
・また、2つの「実例」ともに「固有感覚」の記述がなかったが、「現実に子どもを相手にするのでないから、設定刺激は利用できない」という制約上、当然のことかも知れない。以後の各章の中で、その実例を知ることができれば幸いである。
(2016.4.17)