梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・24

《4.テレビと自閉》
・岩佐京子氏の著書『テレビに子守をさせないで』は昭和51年に発行され、「自閉症の原因はテレビである」という仮説によって話題をにぎわしたが、その間に岩佐氏自身の自閉症に対する考え方が大きく変化し、昭和53年に『新版テレビに子守をさせないで』が発行された。
・旧版では、「ことばは精神活動の中核であり、ことばの発達が遅れると感情の発達が遅れる」という発達観に従って、自閉症の本態を「ことばの発達障害」としてとらえ、その原因は、母親がテレビをつけっぱなしにして、テレビに子守をさせていることにある、とした。音に慣れっこになって人間の声に鈍感になってしまうこと、周囲からの働きかけそのものも不足がちになること、という二重の意味で母子関係の形成を妨げる、と考えられたのである。
◆これは、生まれつきではないかという人がよくいるのですが、私のみるところでは、これはどうも母親自身がつくり上げているように思えるのです。そんな残酷な母親がいるものかと思われるでしょうが、多くの自閉症児の母親は、自分ではそうと気づかないうちに、子どもの反応を鈍くしてしまっているようです。(『テレビに子守をさせないで』・水曜社・昭和51年)
*治療法として、まずテレビ(ラジオ、レコードなど)を消した上で「バッチリ」話しかけ、外出を多くし、集団生活に入れることが推奨される。
・岩佐氏の明白な心因論は、自閉的な子どもを持つ多くの親たちの強い反発を招くことになる。たしかに旧版における岩佐氏の主張には理論的にも実践的にもうなずけない部分が多い。しかし、岩佐氏は新版においてまったく新しい角度からの理論化と治療法を提起している。
◆自閉症の本態は「単なる言語の発達障害」ではなく、その子ども自身の中にある「周囲の人々の話しかけを受けつけない何か」にある。その「何か」とは大脳皮質の「感覚中枢や運動中枢、言語中枢」の働きの異常である。その「何か」は、「環境の音刺激を少なくするとよくなり、多くすると悪くなる」ことから、「刺激の不足ではなくて、むしろ過剰」が原因ではないか、という原因論におけるコペルニクス的展開が行われる。また、その刺激としては、音声刺激だけでなく、「食べ物をたくさん与えることが一種の過剰刺激となって病状の悪化をもたらしている」と述べられているように、「成長過程にある子どもの脳に許容量以上の音刺激および食事刺激が作用した結果、大脳の正常な働きが狂ってしまったのではないか」という仮説が提起される。治療法としては、テレビを全面的に消すという方針は一貫して守りながらも「話しかけはふつうに、外へ出るのもほどほどに」とか「集団生活はよくなってから」といった、旧版とは逆な方針が打ち出され、食事制限や夜の豆電球を消すなどが付け加えられている。(『新版テレビに子守をさせないで』・水曜社・昭和53年)
・自閉的な子どもの障害を大脳皮質レベルの障害として理解しようとしている点、大脳皮質の「感覚中枢や運動中枢、言語中枢」の働きの異常というウィングばりの多面的障害説、許容量以上の過剰刺激が正常な働きを狂わしてしまったのだとするティンバーゲンばりの心因論など、理論的に見るかぎり、岩佐氏の新版における仮説には依然納得できない部分が多い。しかし、岩佐氏の本領はむしろ臨床家であると考えたい。臨床場面では、岩佐氏の努力はもっぱら過剰な感覚刺激(音刺激と食物刺激に限られているが)を避けることに向けられているが、自閉的な子どもでは「聴覚、視覚、触覚、嗅覚などの感覚も、異常に敏感だったり鈍感だったりする」という岩佐氏の認識が今後臨床場面で具体化されて行けば行くほど、ますます私たちの立場に近づくことになるであろう。
【感想】
・ここでは、「テレビに子守をさせることが自閉症の原因である」という仮説を提起した岩佐京子氏の著書を紹介しながら、その後、岩佐氏がコペルニクス的転回を行い、自閉症の原因は、大脳皮質の「感覚中枢や運動中枢、言語中枢」の働きの異常である、「成長過程にある子どもの脳に許容量以上の音刺激および食事刺激が作用した結果、大脳の正常な働きが狂ってしまったのではないか」という仮説が提起されたことについて述べられている。
・しかし私には、著者がなぜ、今、岩佐氏の『テレビ子守をさせないで』という著書を紹介したのか、その意図が判然としなかった。本章のタイトルが「母子関係と感覚統合」なので、当初、岩佐氏が「自閉症の原因は(テレビに子守をさせる)母子関係にある」という仮説を立てたが、それを子どもの側の大脳皮質の異常に改めたという事実を紹介したかったのだろうか。
・私が期待したのは、「母子関係と感覚統合にはどのような関連性があるのか」という一点を明らかにすることであったが、残念ながらそのことには言及されていなかった。
・また、「岩佐氏の明白な心因論は、自閉的な子どもを持つ多くの親たちの強い反発を招くことになる」と記されているが、その反発の一例として、インターネットの「親の目からみた自閉症に対する問題書籍」(1998.9)という匿名記事がある。岩佐氏の著書は「問題表現・不当表現のある思われる著書」として採り上げられており、「テレビを自閉症の原因だと短絡的に結びつけるのは、問題あり、というところである」「岩佐氏自身も、すでに自閉症協会(親の会時代)の座談会に出席しており、話し合いの中で見解を変えた、という経緯もあり、ここではこの本の内容についてはこれ以上触れないでおきます」と述べられている。また以降の著書『自閉症の謎に挑む』(ルナ子ども相談所)についても「ここでは、自閉症は生まれつきの障害ではなく、ニューロンの変性と死滅によっておきる病気だと主張しています。テレビの機械音によって健康状態が押し下げられ、ストレスによって活性酸素が発生し、そこに栄養不良で抗酸化物質の不足した時ニューロンの破壊を招き、自閉症が発生すると、結論づけています。治療の方法は、テレビやラジオ、カセットやカーラジオもふくめて機械音を消すことと、味つき飲み物をやめることの二つを完全に実施すれば、1~2カ月で症状は好転すると、《相変わらず》です。」「氏がインスピレーションを受けて唱えたと主張する「活性酸素原因説」も、まだ「民間療法」「珍説」に過ぎないようにおもわれます」と述べられている。
・著者もまた「ウィングばりの多面的障害説、許容量以上の過剰刺激が正常な働きを狂わしてしまったのだとするティンバーゲンばりの心因論など、理論的に見るかぎり、岩佐氏の新版における仮説には依然納得できない部分が多い」と評しているが、「自閉的な子どもでは「聴覚、視覚、触覚、嗅覚などの感覚も、異常に敏感だったり鈍感だったりする」という岩佐氏の認識が今後臨床場面で具体化されて行けば行くほど、ますます私たちの立場に近づくことになるであろう」と、親よりは「好意的」であることが興味深かった。親と臨床家が「信頼関係」を結ぶことは「至難」のことなのである。
(2016.4.11)