梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・15

《2.「子どもの不安緊張症状と思われる行動」の再整理》
・田口恒夫編『言語発達の臨床第2集』に収められた「子どもの不安緊張症状と思われる行動」は、現実に子どもが不安な状態に陥っているかどうかを見抜くうえで、臨床上きわめて有益である。そこには、144例の行動例が、A.声に関するもの、B.ことばに関するもの、C.目に関するもの、D.口に関するもの、E.その他の表情、F.手に関するもの、G.体の動き、H.その他の行動、の8項目にまとめられている。 
・この144例は現象論に過ぎるという不満もあり、またその中にはほとんど同じ意味のものも含まれているので、私たちなりに再整理、再分類する作業を行った。最初に、田口氏らの原分類の8項目ごとに、ほとんど同じ意味と思われる行動例をまとめた、その結果、144例が73例に整理された。次に、原分類の分類項目の枠をはずして、73例を心理学的に似たような意味を持つと思われるもの同士一緒にするグループ分けを行った。得られたグループから再びグループ分けを行い、その結果得られた中グループからさらにグループ分けを繰り返した。最終的に144の行動例が56に整理され、10の大分類項目の下に包摂された、子どもの不安緊張を田口氏らの原分類とはまた違った視点から見ることに役立てば幸いである。
 それにしても、ニコニコ笑っているような顔つきをしていたり、かん高い声で笑ったり、遊びに没頭しているように見えたり、ことばや指さしをしたりする、一見なんでもない、むしろ好ましいとさえ思われるような行動が、時として不安緊張の表現であり得るという点は、われわれがうっかり見逃しかねないところであろう。


◆「子どもの不安緊張症状と思われる行動」再分類の中間結果
◎A(声に関するもの)
・キーキーとかん高い声を出す ・ウーウーとうなるような声を出す ・のどから絞り出すような声を出す ・周囲の音を打ち消すような声を出す ・異常なほどよく笑う ・泣く ・だんだん息づかいが激しくなる ・息をひそめる 
◎B(ことばに関するもの)
・その場に関係ないことばをペラペラしゃべる ・ことばで接触を拒否する ・しり上がりのことばでしつこく人に問いかける ・しゃべっていたのに急におしだまる
◎C(目に関するもの)
・目を大きく見開く ・視線をそらす ・視線を合わせないようにして相手を見る
・目をおおう ・目をつむる ・目玉をキョロキョロ動かす ・本の決まったページなどをじっと見つめる ・どこを見ているのかわからないような視線
◎D(口に関するもの)
・表情がこわばる ・口を動かし続ける ・物に依存する ・口をならす ・物にかみつく ・自分の体の一部にかみつく
◎E(その他の表情)
・表情がこわばる ・不快な表情をする ・表情のない顔つき ・ニコニコ笑っているような顔つき
◎F(手に関するもの)
・指先に力を入れる ・自分自身を攻撃する ・耳をおおう ・物をちらかす ・物をもてあそぶ ・人を攻撃する ・人にしがみつく ・指しゃぶり ・拍手をする ・むやみにあちこち指さす ・人の前にパッと手を出す ・いつも物を手に持って歩く
◎G(体の動き)
・からだを固くする ・全身に力を入れる ・動きまわる ・つま先立って歩く ・うずくまる ・人にしがみつく ・離れる
◎H(その他の行動)
・離れる ・人を無視する ・隠れる ・好きな活動に没頭する ・退行する ・排泄機能の低下 ・物を一定の順序に並べる ・物を一定の位置に置く ・落ちつかなくなる、そわそわ、ゴソゴソ、もじもじする ・バイバイと言う ・あくびをする ・今までやっていたことをパッとやめる ・あちこち指さして人の気をそらす ・抱き上げると手足をバタバタさせる、石のように硬い感じがする ・いつも食べているものをたべなくなる
◆「子どもの不安緊張症状と思われる行動」再分類
◎A(緊張する)
1.からだが緊張する 2.表情がこわばる 3.息をひそめる 4.急におしだまる
5.活動を急にやめる
◎B(落ち着きなく動き続ける)
6.動きまわる 7.物をもてあそぶ 8.異常なほど笑う 9.視線をあちこち動かす
10. 息づかいが激しくなる 11. 口を動かし続ける 12. 声を出し続ける 13. しゃべり続ける 14. あちこち指さす 
◎C(不快を表現する)
15. 不快な表情をする 16. 泣く 
◎D(生理機能が異常になる)
17. 食欲が異常になる 18. 排泄が異常になる 19. あくびをする
◎E(依存する)
20. 人にしがみつく 21. 自分で慰める 22. 物に依存する
◎F(攻撃する)
23. 人を攻撃する 24. 自分自身を攻撃する 25. 物に当たる
◎G(環境を一定の状態に保とうとする)
26. 環境を一定の状態に保とうとする(一定の順序に並べる、一定の位置に置く)
◎H(接触を避ける)
27. 離れる 28. 隠れる 29. ことばで接触を拒否する 30. 身振で接触を拒否する
31. 視線を合わせない 32. 耳をおおう
◎I(好きな活動に没頭する)
33. 好きな活動に没頭する
◎J(退行する)
34. 退行する
【感想】
・ここでは、『第2集』に収められた「子どもの不安緊張症状と思われる行動」144例を著者らが再整理・再分類した結果が示されている。著者は144例を「現象論に過ぎる」と評し、あらたに「心理学的」観点から再分類しているが、行動観察の現場では「現象論に過ぎる」方が「わかりやすい」(判断しやすい)のではないだろうか。著者自身「それにしても、ニコニコ笑っているような顔つきをしていたり、かん高い声で笑ったり、遊びに没頭しているように見えたり、ことばや指さしをしたりする、一見なんでもない、むしろ好ましいとさえ思われるような行動が、時として不安緊張の表現であり得るという点は、われわれがうっかり見逃しかねないところであろう。」と述べているように、一見「好ましい」と判断(解釈)するまえに、まず「事実」としての行動情報を収集することが、臨床家の鉄則であると私は思う。以後の治療方針を立てるために、行動の意味を解釈することは不可欠だが、はじめから判断(解釈)を加えてしまうと、実態の本質を「うっかり見逃しかねない」おそれがある。
・しかし、著者らの「再整理・再分類」は、子どもの問題を「診断」「評価」するためには極めて「有益」であると私も思う。まず田口氏らの「原分類」に従って行動観察を行い、その結果を著者らの「再分類」に従って、整理すれば、より的確な「診断」が可能になるのではないだろうか。  
・田口氏は〈「子どもがひどく不安な状態にあることを見抜くためには、どういう行動を見ればよいのか」という「修練」を強調〉しているが、その修練のために「原分類」「再分類」を積極的に活用することが大切である。
(2016.4.1)