梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・11

《6.「喜ばせる」活動の位置づけ》
・「喜ばせる」活動は、『第1集』では「言語発達遅滞」児を援助する主要な活動であったが。『第2集』以後になると、「ただ喜ばせることから、安心させること、おびえさせないことに重点をおく」ように方針が少し変えられている。
・「喜ばせる」ことのこの比重低下は、それが母子関係の成立に果たす役割の誤認と結びついているように思われる。私たちは、「喜ばせるくふう」も「安心させるくふう」もともに個々の子どもの感受性の状態に即応して統制された育児刺激であり、それによって初めて母子関係の成立に不可欠な愛着行動と育児行動の相互作用が可能になるのだと考えているのだが、田口理論では、「喜ばせる」活動は母子関係を成立させるのに必要な活動というよりは、母子関係が成立した後に、「極めて許容的な間柄の中で」行われる楽しい「やりとり」としてとらえられているからである。
【感想】
・著者は、田口理論の「喜ばせる」活動の《比重低下》は、母子関係の成立に果たす役割の《誤認》と結びついている、と述べているが「喜ばせるくふう」よりも「安心させるくふう」を《まず重視すべき》であることは自明である。喜ばせようとして、逆に不安・緊張・萎縮を招いてしまえば、「元の木阿弥」という結果に終わるだけだからである。ただ、「安心させれば、喜ばせなくてもよい」ということにはならないだろう。『第2集』では〈子どもがひどく不安な状態にあることを見抜くためには、どういう行動を見ればよいのか」という「修練」〉が臨床家にとって必要だとしたうえで、「強力な結びつきを計ること」も企図されている。その強力な結びつきの中には、当然「喜ばせること」も含まれている、と私は思う。


《7.むしろ言語発達遅滞の臨床を》
・田口理論には、母子関係が育ってくると、言語を始めとするさまざまな機能が「植物でいえば根本にたっぷり水と肥料が与えられた時のように、伸びてくるのです」といった楽観的な見方がある。しかし、母子関係は、発達を援助するための必要条件であるが、十分条件ではない、と私たちは考えている。母子関係が育つにつれて問題がすっかり解決してしまう子どももいるであろうが、他方では「言語発達遅滞」児がただの言語発達遅滞児であり続ける場合が数多く存在することもたしかである。それどころか、発達への本格的な援助はそこから始まるのだ、と私たちは考えている。言語発達遅滞の臨床家には、むしろ母子関係以後の言語発達への援助を期待したいのである。田口理論に対する強い風当たりも、1つには母子関係の臨床がそのまま言語発達の臨床にすりかえられる危険に対してであろう。もちろん「リハビリテーションの名のもとにX軸(ことばの障害の重症度)を短くすることに腐心し、かえってY軸(周囲の人の反応・心配)、Z軸(X,Y二対する本人の反応・萎縮、不安、緊張、自責など)をのばすような誤りをおかすことのない体制が必要である」という意見は傾聴すべきであるけれども。
【感想】
・著者は、田口理論の「母子関係が育てば、それにつれて言語発達も促進される」という
見解を「楽観的」と評している。また、母子関係は言語発達の必要条件であって十分条件ではないとも述べているが、本当にそうだろうか。「言語能力」は、他の能力と同様に個人差があり、「言語発達」は、その子どもの能力に応じて促進されるものである。「母子関係以後の言語発達への援助」は、まず「ことばを聞く能力」(弁別力・記銘力・類推力・聴解力)を高めることが最優先されなければならない。しかも、その活動は、母子関係を基盤とした「対人関係」の拡がりの中で展開することが原則である。母子関係の成立をめざし、ことばのやりとりを通して「喜ばせること」を重ねれば、おのずと、その子どものペースで(能力に応じて)言語は発達していく。その実態に「差」が生じることは当然であり、その子どもの「最大限」の能力が発揮されれば《十分》と言うべきである。したがって、母子関係は言語発達の必要条件であり、かつ十分条件なのである。田口氏は「リハビリテーションの名のもとにX軸(ことばの障害の重症度)を短くすることに腐心し、かえってY軸(周囲の人の反応・心配)、Z軸(X,Y二対する本人の反応・萎縮、不安、緊張、自責など)をのばすような誤りをおかすことのない体制が必要である」と、言語治療(臨床)の現場へ警告している。著者自身も、(現状の)言語発達への援助に(ややもすれば)「X軸を短くすることに腐心」する傾向が見られるからこそ、その「意見は傾聴すべき」と述べているに違いない。まずは「心配は無用です」とY軸を短くし、子どもの変容・可能性を確信する(田口理論の)「楽観的な見方」の方が、子ども本人や周囲の人たちに対しては有効ではないだろうか。(2016.3.27)