梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・5

《3.コミュニケーション能力は上部構造》
・ウィング女史に従えば、自閉症児におけるコミュニケーション能力の障害は、表現と理解、話しことば(スピーチ)、言語(ランゲージ)、言語以前のコミュニケーションというあらゆる水準に及んでいる。「自閉症児の障害は、コミュニケーションのすべての形態にわたっている」というのだから、コミュニケーション障害自体は基本的障害ではなく、その背後に存在するなんらかの障害に由来する派生的な障害であろう、と推測することは容易である。
・女史自身、「シンボルをとりあつかううえでの特別な障害であるように思われる」と述べて、おもちゃ・絵・ことばの助けを借りてそこに存在しない事物を心象として心に思い描くことを可能にする象徴機能を中核的な問題としてとらえようとしている。しかし、発達的に見れば、象徴機能が獲得されて初めて、前言語水準のコミュニケーションが言語に高まるのであって、象徴機能の障害が非言語性コミュニケーションに影響を及ぼす、と想定するのに無理がある。
・象徴機能が芽生えるのは生後10ないし12カ月になってからのことであって、母子関係が成立し始める時期よりも遅れるのであるから、象徴機能の障害が母子関係の成立を妨げる、という因果関係も想定しがたいのである。
・象徴機能よりも模倣機能の障害がいっそう根源的な問題だ、ということになるであろう。ウィング女史もまた「自閉症児には、他人の動作を模倣できないという障害がある。このことは、対人関係およびコミュニケーションの能力ときわめて深い関係があるようである。母親と子どもの間の初期のコミュニケーションは、ことばによらない方法で起こる。笑ったり、手をたたいたり、振ったりするといった母親の動作を乳児が模倣できると相互交渉はますます促進され強化される」と述べている。重要なのは、たとえ乳児が母親の動作を模倣できなくても母子の相互交渉は十分に可能であり、逆に親密な母子関係の成立が相手のことばや動作を模倣しようとする動機を形成するのだ、ということである。それゆえ模倣障害もまた根源的なものではない。
・ところが女史は、模倣行動や象徴機能の出現するはるか以前の、生後数週ないし数ヶ月というごく初期における、乳児の「最初のコミュニケーション能力」の欠如に関心を示している。しかし、初期の乳児が示す泣喚、微笑、発声などの対人的な行動は、コミュニケーション行動と呼ぶにはあまりにも原初的、直接的な行動であって、サルの新生児におけるしがみつく行動、ウマの新生児における追いかける行動にも匹敵する愛着行動と見なされるべき行動である。
・発達心理学の知見に素直に従えば、コミュニケーション関係は母子関係を基盤とする上部構造としてそだってくるものであってその逆ではないというのが両者の基本的な関係であり、母子関係自体は子どもの側からの愛着行動と母親の側からの母性行動との相互作用を通じて育つのであるから、自閉的な子どもにおけるコミュニケーション障害(模倣や象徴機能の障害も含めて)は基盤である母子関係の発達障害の結果であり、その母子関係を阻害する要因が女史の注目した愛着行動の欠如である、と考えるのが自然であろう。
【感想】
・ここでは、ウィング理論の《致命的欠陥》が「発達心理学の知見に素直に従って」いないことに因るということが明瞭に述べられている。
・ウィング女史は、自閉症児のコミュニケーション能力の障害を基本的障害と見なし、その要因を自閉症児自身の象徴機能の障害に求めているが、子どもは象徴機能を獲得する生後10~12カ月以前から、すでに(非言語性)コミュニケーションを始めている。それは象徴機能ではなく模倣機能に因ると考えられる。その模倣機能の根源は《母子関係》である。母子関係は、子どもの側からの愛着行動と母親の側からの母性行動との相互作用を通じて育つ。
・以上を踏まえて、著者は「自閉的な子どもにおけるコミュニケーション障害(模倣や象徴機能の障害も含めて)は基盤である母子関係の発達障害の結果であり、その母子関係を阻害する要因が女史の注目した愛着行動の欠如である、と考えるのが自然であろう」と結論している。そのことに私自身も《ほぼ》同意するが、一点だけ気にかかる。はたして、「母子関係を阻害する要因」は「子どもの側からの愛着行動の欠如」だけであろうか。母子関係は、子どもの側からの愛着行動だけでは育たない。《母親の側からの母性行動》が欠如していても育たないはずである。
・ローナ・ウィング氏は「イギリスの精神科医。娘が自閉症だったことから発達障害、特に自閉症スペクトラム障害の研究に携わる。1962年、他の自閉症児の親とともに英国自閉症協会(National Autistic Society、NAS)を設立。NASローナ・ウィング自閉症センターの顧問を務めた」(ウィキペディア百科事典より引用)。ウィング女史は、「自閉症児の母親」として、どのような《母性行動》を発揮したのだろうか。彼女は「自分の娘」を育てながら、自閉症に関する様々な情報を得た違いない。さればこそ彼女の知見には、迫真の説得力があるといえるが、一方「母親としての自分」を《ありのままに》(客観的に)、冷静に見つめることができたのであろうか。「自分は母親として十分に(母性的に)接した。しかし、娘の愛着鼓動は欠如していた」と断言できるだろうか。そのあたりが、私は気にかかるのである。(2016.3.19)