梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・4

《2.母子関係の軽視》
・ウィング女史らに発達的な視点が欠落している、と言えばたしかに言い過ぎであろう。しかし、対人関係がどのように発達するか、対人関係とコミュニケーション能力との発達的関連はどのようなものであるか、についての考察は不十分である。
*対人関係の発達
◆人に無関心→人一般との関係→【母子関係の成立】→家族関係へのひろがり
◆【母子関係の成立】→母親からの自立
◆家族関係へのひろがり→親類・隣人・保母など→見知らぬ人
◆家族関係へのひろがり→年上・同輩・年下の子ども
・対人関係の発達は上記のようになるが、その要点は、いっさいの対人関係の出発点は母子関係にある、ということである。生まれてきた子どもは、母子関係を媒介として社会とかかわりを持つ。母子関係が十分に育ち切ることによって、子どもの対人関係やおのずから家族や、家族外のおとなや子どもへと拡大されていく。
・自閉的な児童の多くは他人との情緒的なかかわりを持てない状態か、他人に対して無差別な愛情を示す状態にあり、一部の児童が排他的、共生的な母子関係の状態で停滞している。母子関係が十分に育ち切らないまま母親以外のおとなや他の子どもとの関係の芽生えが見られる児童もいるが、その場合であっても母子関係が対人関係の発達を制約していることに変わりはない。
・自閉とは、とりもなおさず母子関係の発達障害なのである。ウィング女史の「他人、とくに子どもたちから孤立し、無関心であるように見られる」という記述は、正鵠を得ていないと言わなければならない。
【感想】
・ここで著者は、ウィング理論の《致命的な欠陥》を指摘している。それは、「対人関係の発達」という視点であり、「対人関係とコミュニケーション能力との発達関連についての考察」である。
・ウィング女史らは、対人関係がまず「母子」の間で成立するという、「あたりまえ」の事実を無視して、いきなり「他人、とくに子どもたち(から孤立する)」を対人関係の出発点とみなしている。それはなぜだろうか。
・私の独断と偏見によれば、問題の所在を「母子関係」以外に求めなければならない、《社会的な事情》があるからである。現代社会は「男女平等」であり、育児を母親だけに担当させることは望ましくない。母親が育児の負担を強いられれば、女性の社会的活躍が阻害される。「母子関係が十分に育ち切らない」要因を、母親だけに求めることになり、「育児ノイローゼ」といった二次的障害が生じるおそれがある。そうした「大人の側」の事情が大きく影響しているように思われる。現代社会は、子どもよりもまず母親の方を守ろうとしているのではないだろうか。
・しかし、「自閉とは、とりもなおさず母子関係の発達障害なのである」という著者の見解は、まさに正鵠を射ていると私は思う。
・インターネット「TEENS」の記事を見ると、以下のような記述があった。
〈米国でTEACCH(ティーチ 自閉症児のための療育法)がノースカロライナ大学ではじめられたのが1974年。当時は2500人に一人が自閉症と診断されていた時代でした。それから約40年。2015年現在の最新統計では30倍以上に割合が上がっています。診断技術の向上や発達障害の認識向上、環境面の変化など様々に発症率の急増原因が考えられていますが、定まった見解はまだありません。全米の子どものうちASD(自閉症スペクトラム・アスペルガー症候群)の割合は、1.5%(68人に一人)というのが、最新の統計です。これは10年前の統計(150人に一人)に比べても2倍程度の割合となっています。Data & Statistics | Autism Spectrum Disorders | CDC(米国)〉
要するに、自閉症児は40年前に比べて30倍以上、10年前に比べても2倍程度に増えている、2015年の統計では68人に一人が自閉症と診断されている、というアメリカの事情が紹介されている。器質論に従えば、アメリカの子どもたちの1.5%に「脳の障害」が生じている、しかも40年前に比べて30倍以上に増えていることになるが、はたして信じられる内容であろうか。一方、「自閉とは、とりもなおさず母子関係の発達障害なのである」という見解に従い、アメリカの「母子関係」は40年前に比べて「ますます育ち切れない」状態になりつつあるということであれば、十分に納得できる結果であろう。 それは、日本の場合にも「同じ」事情があてはまる、と私は思う。(2016.3.18)