梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(26)・Ⅶ章 自閉症の治療と家族・2

【要約】
【4.家族への療育指導】
・自閉症の発達過程には生物学的な要因の関与が大きいとはいえ、同時に環境要因が大きく影響する。治療者は、自閉症の子どもが個人個人のレベルに応じた自立を目指し、社会の中に受け入れられて生き生きと活動でき、同時に、家族員がそれぞれの能力を活かして充実した人生を送られるように援助することが必要である。ここでは親が療育する際に、子どもの各年齢段階で乗り越えなければならない発達課題を呈示しておく。また、家族の協力体制に関しての留意点のも触れておく。
1)療育上の親の課題
①対人関係を育てる
・自閉症児は、幼児期には興味のある物への執着はとても強いが、人との関係は希薄である。治療者が「子どもと十分に遊ぶように」と親にアドバイスしても、大抵の場合は子どもが楽しまなかったり反応しなかったり、拒否的な態度を示したりするために、親は失望し、子育ての能力がないのではないかと落ち込んでしまう。これは親が悪いのではなく、治療者側が反省しなければならない。なぜなら容易に人との遊びを発展させることができないことがまさに自閉症の障害の特徴であり、治療者はその点に配慮して親を励ましつつ療育相談やアドバイスをする必要がある。
・まず、基本的には親への愛着行動を形成するように働きかける。抱っこやおんぶ、髙い高いやふりまわしなど、要求を引き出すような身体を接しての遊びを十分にすることである。おもちゃは、その機能に合わせて遊ぶことができない子どもが多い。徐々に、大きなボールをやりとりするなど、物を介して楽しめるように持っていく。人とのやりとり遊びは、最初は短時間から始めて、少しずつかかわれる時間を伸ばしていくように親を励ましていく。
・人とかかわることが楽しいという経験を積み重ねることによって、親や身近な大人などとの基本的な関係を育てていくようにする。そうすることによって要求を引き出し、要求する手段を子どもが獲得できるようにする。この時期には自閉症の子どもはクレーン現象を用いることが多いが、相手を人間として認知できず、道具としてしか見ていないなどと悲観することはない。発達の一時期に見られる現象で、立派な対人活動であり要求手段の1つである。発達に伴って徐々に指さし、身ぶり、言葉などの複雑な要求手段を獲得していく。
・子どもの発達にとって本来ならごく当たり前に獲得していく基本的な対人関係について、親は丁寧に根気よく働きかけなければならず、もどかしさを感じることが多いだろうが、母子関係をはじめとして家族の基本的な対人関係をつけておくことは、幼児期における療育上の重要な課題である。
・対人関係は、親子の関係だけでは自ずと限界があるので、就学前に2年間くらいはできるだけ集団保育に参加させて、大人との関係を広げることと、子どもへの関心を広げることを考えたい。一般に、自閉症児は、保母や多くの子どもたちからの働きかけが発達に良い影響を与えることが確かめられている。
②生活習慣の確立に向けて
・幼児期には、対人関係を育てる課題と並んで、生活習慣の確立が重要な課題となる。
・しばしば自閉症児は睡眠、食事などの生活のリズムが整いにくく、親が苦労することが多い。睡眠障害が激しい場合は、一時的に薬の服用により生活のリズムを整えることもできるので、医師に相談するのもよい。偏食に対しては、好きな食べ物をごほうびにして励ましながら徐々に食事の幅を広げていくことを基本とする。
・排泄や洋服の着脱のしつけは、日常の積み重ねにより最も効果の上がりやすい領域である。幼児期の間に生活のリズムを整え、身辺の処理が自立的にできるようにすることは、この時期の大切な課題である。
③認知・言語の発達を促す
・シンボル機能を獲得できるかどうかは、その後の発達に決定的な影響を及ぼす。この機能を獲得できるかどうかは脳機能の発達と強く関連するが、シンボル機能の芽生えを促すような働きかけが同時に必要である。具体的な目標は、日常生活の流れの中で、言葉かけにより行動ができるようにすることである。物と言葉、行動と言葉をできるだけ一致させるように、母親や家族が丁寧な言葉かけをする必要がある。短くわかりやすい表現にするように配慮する。言葉の表出を強制しないことも大切な留意点である。オウム返しになる言葉は子どもにとってまだ十分に理解されていない場合なので、まわりが正しい言葉に言い換えるとともに、コミュニケーションを楽しむような気持ちで接することが大切である。
・母親や家族が絵本を読んであげるのも、自然のうちに認知・言語を発達させる基礎となる。
⑵学童期の課題
①対人関係を育て、自立心を養う
・学童期での課題は、幼児期に獲得したことを基本として、より広い対人関係が持てるように促していくことである。言葉の出ていない場合には、身振りやサイン、指さし、絵カードなどのコミュニケーション手段を工夫したい。
・人との関係では、できるだけ多くの人との関係が保てるようにする。密着した母子関係を卒業して少しずつ精神的に距離のある関係に持っていく必要がある。家族の役割を決め、それがきちんと遂行できるように教え、家族の一員としての自覚を促し、精神的に自立の方向に励ましていく。きちんとほめたり礼を言ったりすることを忘れないようにする。時には、毅然とした態度で叱ったり、注意したりすることも必要である。この場合には、必ずどうすればよいかの適切な行動を具体的に教えていく必要がある。
・どんな発達段階の子どもであっても、精神的な自立に向けての働きかけは将来の適応のためにぜひ必要な課題である。
②基礎的な認知・言語の力をつける よう
・学童期は人生にとって最も発達する時期である。それぞれの発達段階に合わせて基礎的な言語能力や思考能力、計算能力などを身につけておくようにする。しかし、プリントでの漢字や計算の訓練ばかりに偏らないように注意しなければならない。基礎的な思考能力を促すこと、学んだことを実生活の中で応用できるようにすることを常に考えておく必要がある。
③家庭作業スキルを習得する
・自閉症児は手先での仕事はあまり得意ではないが、教えたことはきちんと習得する特徴を持っている。遊びを教えるよりははるかに家事を教えるほうが簡単である。家族の一員としての本人の自覚を促すだけでなく、家族員の受け入れを肯定的なものにする。料理などは親とともに楽しむことができ、趣味の1つになることもある。手先の協応動作や集中力を養い将来の就業という面からも役立つだろう。
⑶青年期の課題
①社会参加と適応を促す
・自閉症の青年は残念ながら親から完全に独立して自力で生活できるようになることは極めて少ない。
・各年齢段階での発達課題を乗り越えてくれば、自閉症児の多くは素直でごまかすことを知らず、時間をきちんと守り、仕事は正確で律儀な性格が生きてくる。
・本人の意思や要求を見逃さないようにして社会参加を促せば、多くの自閉症の青年は本人に適した仕事を一生懸命にするときに最も安定し、目が輝いてくる。
②不適応行動の予防
・「強度行動障害」と呼ばれる者の多くは自閉症であると言われているが、かなりの部分が育つ過程の中で周囲の対応の悪さから行動の障害を大きくしてしまっていることを再認識する必要がある。そのことは、家庭だけの責任ではない。医療、教育、福祉の未熟性のために、親子が一貫しない指導の中で不安と混乱に揺れ動きながら成長した結果、問題を大きくしてしまった傾向が強いように思われる。このような困難な状況の中で、親は多くの情報や多くの指導法の中から子どもにとって何が大切なのか正しい選択をする力を養う必要がある。現状の中では、そのことも親の重要な責務と言わざるを得ない。
・「強度行動障害」を起こす要因には生物学的な要因の関与も大きいことから薬物などの医学的な治療や生物学的な研究を含めて、治療や働きかけの方法を検討する必要がある。
・現在はまだ青年期の自閉症に対して、十分に科学化するほどに臨床経験や研究が積み重なっていない。専門家も試行錯誤の段階から抜け出していない。その中で、親は自閉症児の成長過程を通して、何が発達課題として必要なのかを具体的に実行していくこと、自閉症に対する社会の理解を深めるように働きかけることが必要である。
2)家族の協力体制
・早期から家族が力を合わせて協力し合うことが必要であり、その体制を整えておくことが自閉症児の適応と大きく関係する。
⑴両親の役割
・両親で話し合いながら一貫した療育方針を検討していくことが、自閉症児の成長にとって必要であり、母親の精神安定につながる。
・両親が精神的に不安定であると、子どもの異常行動は大抵の場合増悪する。
・親や家族の生き方としては、過度に犠牲的精神を発揮するのは好ましいものではない。親自身の生活の主体性を持ちつつ、それぞれの家族員が生かせるようにお互いに工夫することが大切である。
⑵兄弟姉妹への対応
・兄弟姉妹への対応で大切なことは、それぞれの発達水準から設定した家庭での課題はどの子にも守らせる必要があるし、それぞれの子どもの権利を守ってあげる必要もある。
・兄弟姉妹に対しては、親を共同治療者として位置づけると同様に、家族全体で治療にかかわることによって、兄弟姉妹の自己評価を高めつつ、障害の子どもの受容を促す方法も効果があることが指摘されている(ハウリン・ラター,1990)。
3)社会との連携
・自閉症児を持つ家族は、とりわけ社会との連携を大事にする必要がある。近隣からの理解と温かい受け入れは家族のストレスを低減する。また、友人、親の会や地域との交流は家族の心の支えになるだけでなく、必要な情報を得ることもできる。
【5.家族に必要な社会的な援助】
・早期発見・診断後の療育指導と治療は現段階では決定的な方策がない上に、適切な指導が行われているとは言えない。
・通院している発達障害児を対象にした実態調査による報告(星野ら,1989)では、発達の異常を指摘された率は1歳半では15%、3歳では55%であるとしており、保健所の乳幼児健診が早期発見にかなりの役割を果たしていることがわかるが、その後の適切な治療や療育指導の内容が十分に検討されない限り、単に障害児のレッテルをはることによって親の不安を増強するだけになりかねない。
・学齢期においても、特殊教育の内容は十分に整備されておらず、親の不満やストレスは高い。
・今後、医療を含めた専門的な立場からの社会的な援助体制とその方法論を確立し、治療や指導の質の向上をはかる必要がある。
【おわりに】
・自閉症の本態の究明、自閉症児への教育の整備、環境との相互関係のあり方、自閉症の青年期の問題など、課題は山積している。今後も、親と専門家の不断の努力と協力が不可欠であろう。(永井洋子)  


【感想】
 以上で、「Ⅶ章 自閉症の治療と家族」は終了する。ここでは、「家族への療育指導」と「家族に必要な社会的援助」について述べられているが、その内容もまた私の期待に応えるものではなかった。「家族への療育指導」では、親の課題が《各年齢段階》別に呈示されている。「⑴幼児期の課題」では①対人関係を育てる、②生活習慣の確立、③認知・発達の発達を促す、ことが挙げられているが、この3つの柱は、ただ「並記」されているだけであって、相互の関連性が明らかにされていない。私の独断と偏見によれば、自閉症の本態とは「人に対する関心・反応が乏しく」「対人関係がうまくできない」(ように見られる)という一点にあるのであり、さればこそ、親(および治療者)の最重要課題は、まさに①対人関係を育てることに「特化」されなければならないのである。著者らは〈治療者が「子どもと十分に遊ぶように」と親にアドバイスしても、大抵の場合は子どもが楽しまなかったり反応しなかったり、ときには拒否的な態度を示したりするために、親は失望し、子育ての能力がないのではないかと落ち込んでしまう。これは親が悪いのではなく、治療者側が反省しなければならない。なぜなら、容易に人との遊びを発展させることができないことがまさに自閉症の障害の特徴であり、治療者はその点に配慮して親を励ましつつ療育相談やアドバイスをする必要がある〉と述べているが、「大抵の場合」とはどんな場合か、治療者は(自閉症の特徴である、人との遊びを発展させることができないという)「点」にどのような「配慮」をすべきか、については明らかにしていない。親が子どもと遊ぼうとしても、「子どももが楽しまなかったり反応しなかったり、ときには拒否的な態度を示したりする」のはなぜか。実を言えば、その問題こそがまさに自閉症を治療する際の「最重要課題」でなければならない。なぜなら、親が「子どもと十分に遊び」、子どもが「人との関係」に執着し「人との遊びを発展させること」ができるようになれば、自閉症の「特徴」は消失してしまうからである。著者らいわく「親は失望し、子育ての能力がないのではないかと落ち込んでしまう。これは親が悪いのではなく、治療者側が反省しなければならない」。では、誰が悪いのか。「子どもと十分に遊ぶように」とアドバイスした治療者が悪いのか。それとも、人との遊びを発展させることができない子ども自身がが悪いのか。大切なことは、「子どもと十分に遊ぶように」とアドバイスしても、《大抵の場合は》などと一括するのではなく、「こういう場合」(例えば感覚過敏がある場合、過度な不安、心傷体験がある場合など)は「楽しまなかったり反応しなかったり、ときには拒否的な態度を示したりする」、したがって、親は「このようなことに留意して」子どもと遊ぶ必要がある旨を明記することである。子どもは、治療者とは「十分に遊び」「楽しむ」のに、親との遊びには「拒否的な態度を示す」とすれば、親の《接し方》《育て方》に課題があることは明らかであろう。治療者は親を「落ち込ませて」はならない。それは「言わずもがな」のことである。しかし、現に親の《接し方》《育て方》(環境要因の1つ)が、子どもの発達過程に「大きく影響する」と著者ら自身が述べているではないか。だとすれば、「環境要因」をそのままにして、子どもの発達を「促す」ことは《誤り》ではないか。(その結果、自閉症の予後は楽観できない、ということになるのではないか)この「対人関係を育てる」という課題は、自閉症治療の第一義的な課題であり、それを「乗り越える」ことができれば、「生活習慣の確立」「認知・言語の発達を促す」ことなどは、容易に達成できるに違いない、と私は確信している。年齢が高くなるにつれて自閉症児の「基本的生活習慣」が向上することは検証済み、また「認知・言語能力」は子ども一人ひとりによって「千差万別」であることも疑いようがない。したがって、「自閉症治療の到達点」は、まさにこの「対人関係を育てる」課題の一点に絞られてこそ見えてくると思うのだが、そのことが曖昧模糊としていて残念!極まりなかった。以後の「学童期の課題」「青年期の課題」は、自閉症の特徴を残したまま成長してしまった自閉症児・者に対する「対症療法」が述べられているだけで、特段興味をそそられる内容はなかった。また「家族の協力体制」「社会との連携」も、他の障害児一般にも共通する内容で、特筆することはない。【5.家族に必要な社会的な援助】【おわりに】では、治療・療育の現状が述べられ、当面する課題が列挙されているが、社会体制(環境)の側から見ても「自閉症の予後は楽観できない」ことが強調されているばかりで、それほど参考になることはなかった。(2014.2.26)