梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(15)・Ⅳ章 Stage評価と認知発達治療

【要約】
《Ⅳ章 Stage評価と認知発達治療》
【はじめに】
 この章では、第1に、太田のStage評価について説明する。第2に、太田のStageによる認知発達治療の方法論を示す。第3に、認知発達治療の評価について述べ、最後に、この治療法による異常行動・不適応行動の予防とそれへの対応について述べる。
【1.太田のStageの評価】
・自閉症の治療に際しては、子どもの認知発達を評価して、発達に即した働きかけにより認知と情緒の発達を促し、より広い適応行動を身につけるように働きかける必要がある。
・太田のstageは、自閉症の発達評価として妥当性が高く、自閉症の治療教育にあたって臨床的にも非常に有効である。
1)発達評価の視点
・我々は、評価の視点は表象機能の発達段階に置くことが最も妥当であると考えている。なぜなら、この視点は、自閉症の認知発達において最も克服しがたい機能であり、基本障害との関連が想定されるからである。同時に、表象機能は人間の思考の枠組みを形成する基本となると考えられるからである。
2)シンボル表象機能の諸側面
・子どもの発達においてシンボル機能の出現は、言葉の理解と表出、見立て遊び・ごっこ遊び、延期模倣・身振り表示、描画、イメージなどの側面で観察される。これらのうちで言語は、人間のシンボル機能の中心的な手段となる。また、言語は他の側面からの評価よりも客観性が保てる利点もある。そのような理由から、我々はシンボル表象機能の発達を言語の理解の側面から評価している。
3)太田のStageによる発達段階
・発達段階は低いほうから順に、StageⅠ、StageⅡStageⅢ-1、StageⅢ-2、StageⅣの5段階に分けられる。
・StageⅠ:感覚運動期・無シンボル期に相当する。物に名前のあることを十分にわかっていない段階。人に対する要求手段によって、さらに3段階に分けられる。StageⅠ-1・「手段と目的の分化ができていない段階」(泣く、ウロウロするなどの情動表現のみで要求を人に向けてこない)、StageⅠ-2・「手段と目的の分化の芽生えの段階」(クレーン現象で要求を示す)StageⅠ-3・「手段と目的の分化がはっきりと認められる段階」(複数の要求手段が使用できる。言葉、指さし、身振り、発声などで要求を示す。クレーン現象が少なくなる)
・StageⅡ:感覚運動期からシンボル表象段階への移行期にあたる。物に名前があることがわかり始めているが、物の理解はまだ一義的な理解にとどまり、明確にシンボルを持った言語を獲得したとは言えない段階である。
・StageⅢ-1:物に名前のあることがはっきりと理解できるようになり、本来の言語の機能を獲得する。しかし、基本的な比較の概念はまだ成立していない段階である。
・StageⅢ-2:ごく基本的な比較の概念が出来始めた段階である。しかし、物と物との関係づけは経験に左右され、言語のみによって理解することは不十分な段階である。
・StageⅣ:空間関係などの物と物との関係が言語で理解できるようになり、表象的思考の柔軟性がます段階である。(上限はPiagetによる前操作期の終わりの点)
4)太田のStage分けの方法
・LDT-R(言語解読能力テスト改訂版)の課題を用いてStage分けをする。
〈LDT-R1〉:名称による物の指示(「○○はどれですか」に指さしで答える。6問中4問以上の正答で合格とし、StageⅡと評価する。不合格の場合は、StageⅠとなる。人への要求手段によってStageiⅠ-1、Ⅰ-2、Ⅰ-3の3段階に分けられる)
〈LDT-R2〉:用途による物の指示(「乗る物はどれ?」に指さしで答える。6問中4問以上の正答で合格とし、StageⅢ-1と評価する。不合格の場合は、StageⅡとなる)
〈LDT-R3〉:3つのまるの比較(「どちらが大きい?」に、指さしで答える。2問中全問の正答で合格とし、StageⅢ-2と評価する。不合格の場合は、StageⅢ-1となる)
〈LDT-R4〉:空間関係(「犬を取ってください」「ボタンを箱の上に置いてください」などに、動作で答える。2回試行し、5問中4問以上の正解で合格とし、StageⅣと評価する。不合格の場合は。StageⅢ-2となる。
〈LDT-R5〉:保存の概念(白黒の碁石を5つ、4つ並べ、「どちらが多い?」に指さしで答える。白黒の碁石を両方とも5つ並べ「どちらが多い?」に「同じ」と口答する。そのまま、黒の碁石の間隔を広げて「どちらが多い?」に「同じ」と口答する。黒の碁石を3~4個足して、「黒と碁石全部とではどちらが多い?」に「碁石全部」と口答する。全問正解の場合、StageⅣの上限とする。
*以上の記録はは、課題の正否だけでなく、反応のしかた、答え方などを記録しておくとよい。(目をそらす、立ち上がる、勝手に指さすなど)
5)太田のStagrの意義と有用性
①各々の子どもについて的確な認知発達の評価ができる。(治療教育の方針、課題の選択、個別の教育プログラムを立てることができる)
②自閉症の子どもの行動を理解するのに役立つ。(日常の治療教育の中でどのように異常行動を減弱させ、適応行動を獲得させたらよいか、対処のしかたを工夫することができる)
③評価法が簡便である。(誰でも簡便に短時間でできる。客観性・再現性が高く、妥当性も示されている。
④太田のStageにより発達段階を知ることは、治療・教育の内容やその適切性を共通の基盤に立って検討することができる。また、研究の際にも、対象を明確に記述することが可能になり、自閉症の本態を究明するのに役立つと思われる。
【2.認知発達治療】
1)治療教育の目標
・自閉症に対する治療は心理学的な障害のレベルに働きかける治療教育的な働きかけが主体となる。我々は、治療教育の目標を以下に述べる3つの次元から考え、治療教育に有機的、総合的に取り組んでいる。
⑴第1次元の目標
・自閉症の基本障害を克服したり、代償したりすることである。
・一人ひとりの子どもの認知発達の水準に適した治療教育を行うことにより、認知・情緒の発達を促し、思考の柔軟性を促すように働きかける。(Stage別の認知発達学習)
・低年齢では、認知発達学習と並行して感覚運動訓練を行う。(歩く、走る、登るなどの全身運動、スイミング、リズム体操、サーキット運動など)
⑵第2次元の目標
・個々の適応行動の獲得を目標とする。
・低年齢の子どもでは、生活習慣の確立、意思の伝達技能の獲得、人とかかわる基本的なスキルの獲得などを目標とする。
・学齢児では、コミュニケーションスキル、学科学習、家庭作業スキル、集団生活への参加と適応のスキルの獲得などが目標となる。
・家庭、学校、社会に適応するために直接役立つスキルの獲得と促進を目指す。(認知の水準に合った目標を定めて行う)
⑶第3次元の目標
・異常行動を予防し減弱を図ることである。
・それぞれの子どもの認知発達に合った働きかけにより、考える力と自己統制力を養うこと、適応行動のスキルを獲得する中で減弱と予防を図ることである。
・この次元への対処は異常行動の強さとその性質、および発達的な意味の2つの側面から検討する。(本章第4節参照)
2)認知発達治療とは
・我々は、太田のStage評価を開発し、Stage別の治療のねらいとStage段階に適した課題を系統的にまとめて、それに基づいた治療教育を行っている。我々は、これを“認知発達治療”と呼んでいる。そのねらいは、言語発達を中心としつつ、遊び、描画、対人・コミュニケーションなど幅広い領域の発達の促進を含んでいる。
・認知発達治療にはには2つの側面がある。
①自閉症の認知障害を克服し、改善し、さらに情緒障害をも改善しようとするねらいがある。(第1次元の目標)この側面は、とりわけ発達期の自閉症児にとっては重要である。(認知発達学習)
②適応行動を獲得させると同時に、異常行動や不適応行動を予防したり減弱したりすることである。(第2次元、第3次元の目標)
3)認知発達治療の意義
①個々の自閉症児に対して的確な治療教育の目標やプログラムを立てることができることである。
②発達に合った適切な働きかけは、自閉症児の異常行動を予防したり減弱したりすることである。(適切な働きかけの場合は、喜んで応じる。高すぎる課題の場合は、拒否、奇声、視線回避、立ち歩き、(強制すると)自傷行為、他傷行為が見られる。低すぎる課題の場合は、常同行動、注意の集中が悪くなったりする)
【3.評価】
・我々のデイケアでは、治療の歴史とともに、評価の視点が行動の評価から精神発達の評価へと変遷してきた(永井ら,1991)。現在では、太田のStage評価を基本にして、3つの次元の目標にそって評価を行っている。評価が偏らないように、親側の評価も取り入れた評価バッテリーを組んでいる。
1)第1次元の目標の評価
・最も効果の上がりにくい次元でもある。
・太田のStage評価、治療教育の経過記録、(要求手段、声かけへの理解、物の扱い方、遊び、異常行動などの観察)、田中ビネーテスト、乳幼児精神発達質問紙)
*遊びから見たシンボル表象機能の発達評価(PL-Ⅰ象徴遊びなし、感覚遊びのみ:PR-Ⅰ'象徴遊びなし、おもちゃの機能に合わせて遊ぶが単一のシェマ1の場合、日常見慣れた物ならその物の機能に応じて扱うことができるが別の物をそのように見立てて扱うことはしない場合、一度経験した遊びを、まったく同じ物を用いてそのとおりに行う場合:PL-Ⅱ象徴遊びの芽生えがある、2つのシェマの結合された象徴遊びがいくつか見られるが、まだ一連の流れのある遊びには発展しない場合:PL-Ⅲ象徴遊びがある、一連の流れのある象徴遊びが複数、はっきりと認められる場合
2)第2次元の目標の評価
・我々独自の生活スキルに関するチェックリスト
・乳幼児精神発達質問紙
・S-M社会能力検査
・「言語発達質問紙」「幼児基本語彙表」
3)第3次元の目標の評価
・客観的な評価が最もしにくい。
・特別にある異常行動が目立つ場合には、その行動が起こる状況と頻度などを具体的に記録する。その異常行動が子どもがにとってどのような意味をもつのかを考えることによって、治療的な対策の必要性があるかどうかを検討する。
・「改訂行動質問票」を用いて、親と治療者の双方が子どもの行動を別々に評価している。
4)全般的評価
・全般的適応度をCGASで評価している。
・低い数値になることが多いが、適応行動の獲得などでこの数値が変化するので、このような総合評価は重要である。
5)家族からの評価と家族への評価
・家族の評価を知るために、「年度末アンケート」を実施している。
・親の精神的・身体的な状況を把握するために、独自に作成した「療育の調査表」と「健康調査表」およびBeck抑うつ尺度を使用している。
・親は子どもにとって重要な援助者であり、治療教育の最も重要な協力者であること、治療者は親に対して支持的・援助的立場であること、などの基本的なコンセンサスが前提となる。この前提なしでこの側面への評価を行うことは、治療教育のマイナスになるので十分な留意が必要である。
【4.異常行動・不適応行動の予防とそれへの対処】
・ここでは、認知発達治療の観点から、まず異常行動や不適応行動への基本的な考え方について述べる。その後に、異常行動や不適応行動にかかわる要因を整理することによって、治療・教育上での対処のしかたと予防の方策についてまとめる。
1)異常行動・不適応行動に関係する要因
・自閉症児自身の要因(個体側の要因)と、環境側の要因の2つに大別される。
(1)個体側の要因
①発達との関係                                  発達の遅滞の重度なほど、常同行動、情動の不安定さ、睡眠障害、感覚の異常、自傷行為などが目立つことが多く、気候などによる体調の影響も受けやすい。減動状態と増動状態の周期性を持つ子どももいる。重度な場合は、行動と外部からの働きかけとの関連が未分化であり、子ども側の生理的な要因の影響が強く推定され、異常行動を起こす環境因との関係を特定できないことが多い。発達を遂げた自閉症児は、環境の変化や物事の変更の際にパニックを起こすが、この場合には異常行動を起こす誘因をはっきりつかむことができる。しかし、しばしば強迫様の症状として現れることと、本人の頭の中でのイメージと外界との不一致によって起こすために、より複雑になり、対処に苦慮することも多い。
②年齢との関係
 多動、情動の不安定さ、睡眠障害、感覚の異常、極端な偏食、パニックなどは、低年齢に多く、成長に伴って減少する。しかし、年長に至るまで持続した場合、年長になって増強した場合は、非常に激しい不適応行動として現れることがある。思春期には精神的にも身体的にも状態が不安定となるために、爆発的なパニック、自傷、攻撃行動などの異常行動の引き金になることもある。対処のしかたが不適切でなければ、多くの場合は一過性の状態として経過し、青年期になるまでに徐々に改善する。頻度としては少ないが、脳の変性を想定させる退行様の症状を起こすこともある。
③身体的な健康状態との関係
 異常行動が増加したときには、頭痛、腹痛、発熱、歯痛などの身体的な状態も念頭において検討する必要がある。
⑵環境側の要因
①家族の要因
 親の育て方やかかわり方は子どもの行動に強く影響する。子どもが幼少期には両親をはじめとする家族が最も強い影響を与える。自閉症児は精神発達が未熟な上に、趣味や娯楽は限られており、友人関係も極めて希薄である。部分的には対人関係における非常な敏感さを持っている。親のかかわり方や精神的な状態が自閉症の子どもの行動に直接的な影響を与えることを十分に考慮しておく必要がある。
②治療・教育機関の要因
 これらの機関からの影響も重要な要因となる。自閉症児への不適切な治療教育の方法やかかわり方が異常な行動を引き起こしたり、増強させたりすることがあるので、(治療者は)留意しなければならない。そのことによって二重に子どもの異常行動を増悪させることがある。治療教育者は常に自らの治療教育の効果を客観的に評価する態度を忘れてはならない。
2)対処の優先順位のガイド
 すべての異常行動に対してすぐに対処しなければならないとは限らない。優先課題とすべき順位をSchoplerら(1976)に準じて以下に示す。
①本人あるいは他人の生命あるいは身体を傷つける行為(自傷、他害、危険な行為)の場合は、本人を安定させることを目標とした精神療法、薬物治療、入院治療を含めた積極的な方策を検討する必要がある。
②個人の家庭内、施設内生活を脅かす行動である。激しいパニックや奇声、極度の偏食、睡眠障害、強迫様症状、跳びはねる常同行動などは、治療教育と薬物治療の併用で、積極的な対処を検討する必要がある。
③集団行動の妨げになる行為である。
④地域社会や、仕事の適応を妨げる行為である。これらは、多動、独語、注意の集中の悪さ、癖やきまり、手指や体の常同行動などがあげられる。③と④は程度の差として表わすことができる。これらの場合は発達を促す治療教育の全体の枠組みの中で予防と改善を図る。
3)基本的な考え方
・認知発達治療によって自閉症児自身の理解力と自己統制力を高めることにより、異常行動や不適応行動を減弱したり予防したりする。治療者は個々の異常行動に直接対処することのみを治療教育の目標とせず、自閉症児の特徴的な認知障害を克服する過程の中で、認知障害を踏まえた適切な働きかけによって、減弱と予防を図る。
・自閉症児の異常行動に対して、罰を課したり力抑えや大声でおどすような態度で対処したりすることを主要な手段とすることは、大きな誤りである。
・異常行動への対処は日常の治療や教育の不断の積み重ねによって改善され得るものである。発達障害児の人間性を大事にした教育本来の自然な方法で対処することを基本としたい。
4)予防と対処のしかた
①子どもの生活全体からの検討をする。食事、睡眠などの生活のリズムを整えることがまず必要である。さらに、成就感の持てる生活になっているか、十分に発散できる日課が組まれているか、などがポイントである。
②日課や物事の突然の変更に対しては、事前に声かけをすることにより、起こってくる事態の理解を促し、不安を軽減させることである。
③異常行動を禁止するだけでなく、日頃からできることや楽しめることを作っておくこと、その場では適切な行動を具体的に教えることが大切である。自閉症児は何をしたらよいかわからないときに不安が増強する。いつも言われる禁止の言葉をエコラリーしながらその行動をしてしまう。繰り返し根気よく適切な行動に転換できるように指導することが必要である。
④異常行動が増強したときは、引き上げ課題を少なくして、できることで楽しみながら様子を見る。引き上げ課題はそのものが緊張を高め、異常行動を増強させる要素を持っている。不安定なときは、日課や学習の際に子どもの精神の安定を考慮に入れることである。
⑤パニックなどの異常行動を起こしてしまったときには、大声で叱ったり騒ぎ立てたりしないで、子どもの興奮を静めるように留意する。安全性への配慮をして、興奮のピークの納まるのを待つか、他のものへの気分転換を図る。
⑥異常行動が日常生活や治療教育に支障となるほどに激しい場合には、薬物の服用を含めた治療全体を再検討する。本人の精神安定を主眼にした精神療法を取り入れること、入院治療の必要性も含めて検討する。多くの場合、精神安定剤を服用して、日常のプログラムに配慮を加えつつ認知発達治療を行うことによって、激しい異常行動も減弱させることができる。
・Stage別の対処法は第Ⅴ章で具体的に述べる。
5)治療教育上の配慮点
①本人の発達水準と障害の特徴に合った治療教育の方針とプログラムの立案と施行が大切である。自閉症児は働きかけの方法や課題が本人に合っていると、律儀に応じる特徴がある。
②かかわる者が精神的安定を保つことが大切である。親や治療教育者自身の情緒的な不安定さは敏感に子どもに伝染する。治療者が安定して子どもと家族にかかわることが基本である。親の精神的な不安を受けとめるだけでも子どもの行動が改善されることはよくある。治療教育における誤った指導方針は、それ自体が子どもに悪影響を与えるばかりでなく、親の不信感による不安が高まることによって、子どもの異常行動を二次的に増強させる。さらに、治療教育者の自信のなさが子どもと親に不安を与える。子ども、親、治療教育者が、相互に不安を高め合う悪循環が形成されることがあるので、十分な留意が必要である。


【おわりに】
・認知発達治療の効果は、それぞれの自閉症児が持っている生物学的な条件(脳の器質的、機能的な障害の程度)に強く規定される。我々は、認知発達治療によって自閉症の障害を改善させることはできても、治癒させることはできない。したがって、この治療法によって、その子どもの自然の発達をどの程度変え得るかは明らかではない。また、この治療法はスタートしてからまだ日が浅く、長期的な効果の評価は今後の縦断的な研究結果を待たなくてはならない。しかし、治療教育的な接近法だけでは自ずと効果に限界があり、薬物など生物学的なレベルに働きかける治療法が開発され、この認知発達治療と組み合わせることにより、さらに治療の効果を上げることが期待される。(永井洋子)


【感想】
 この章では、太田のStageの評価法と、それを踏まえての「認知発達治療」の基本的な考え方について詳しく述べられているが、今ひとつ私には「腑に落ちない」。そもそも、自閉症の要因は「脳の器質的・機能的な障害」だとすれば、環境的な要因などあり得ない。
にもかかわらず、自閉症児の「異常行動・不適応行動」の要因には「環境的要因」があるという。「自閉症の要因」と「(自閉症児の)異常行動と不適応行動の要因」は区別されなければならない、という理屈なのだろうが、自閉症は「行動的症候群」であり、その行動特徴が「異常行動・不適応行動」そのものであるのだから、自閉症と「異常行動・不適応行動」を分けて考えることなどできようはずがないではないか。もし、自閉症の要因が、脳の器質的・機能的障害による「認知障害」にあり、それが「異常行動・不適応行動」を引きおこす要因だというのなら、「認知発達治療」を行うことによって、「異常行動・不適応行動」を減弱・防止できるということを(自閉症の要因が「環境」に因るものではないと断定したように)「断定」すべきではないだろうか。
 著者らは、これまでに随所随所で、自閉症の「環境要因論」を否定し、《自閉症の原因は親ではない》と主張したきた。ならばなぜ、ここで「親の育て方やかかわり方は子どもの行動に強く影響する」などと、異常行動・不適応行動の要因の中に《養育態度》を入れてくるのだろうか。「子どもの行動に強く影響する」のは、親のどのような育て方なのか、どのようなかかわり方なのか。もし、親の育て方が子どもの「自閉的行動」を引き起こしていることを認めるなら、従来の「環境要因論」を《完全に》否定することはできないのではないだろうか。
 要するに、著者らは、自閉症児の「異常行動・不適応行動」の要因として、親の《養育態度》を含めた「環境」の影響を認めている。その「環境」を改善しない限り、「我々は、認知発達治療によって自閉症の障害を改善させることはできても、治癒させることはできない。したがって、この治療法によって、その子どもの自然の発達をどの程度変え得るかは明らかではない。また、この治療法はスタートしてからまだ日が浅く、長期的な効果の評価は今後の縦断的な研究結果を待たなくてはならない。しかし、治療教育的な接近法だけでは自ずと効果に限界があり、薬物など生物学的なレベルに働きかける治療法が開発され、この認知発達治療と組み合わせることにより、さらに治療の効果を上げることが期待される。(永井洋子)」というような「結論」になる他はない、と私は思った。
 次章からは、いよいよ「Stage別の認知発達治療」の実際が述べられるが、なにかその前に「水をさされた}感じがして、少なからず興ざめであった。(2014.1.20)