梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)精読(13)・Ⅲ章 「太田のStage」評価法・3

【要約】
【2.「太田のStage評価」の妥当性と有用性】
・自閉症児の認知発達における障害には、①感覚運動期からの脱出に困難さがある、②シンボル表象的な思考の段階に移行できない、③シンボル機能を獲得後も、比較や空間の概念などが獲得しにくい、などの問題がある。さらに比較的良好に発達を遂げた場合でも、認知のアンバランス、特異なパターンが認められる。
・我々は、そのような障害を踏まえた上で、シンボル表象機能の5つの段階を評定する方法としてLDT(言語解読能力テスト)を用いた発達段階評価法を開発してきた。この認知発達段階を“太田のStage”と命名し、その妥当性と有用性について検討してきた。さらに、その評価法による治療教育のねらいと課題を系統的に整理し、実践の中で試みつつ修正を加えてきた。
1)発達評価法としてのStage評価の検討
 ここでは、①仮説した5つのStage段階に従って自閉症児を発達の順序に矛盾なく評価できるか、②各Stageごとに認知能力に明瞭な相違があるか、について研究・検討してきた過程を述べる。
⑴研究の際のStage分けの方法(LDT)
LDT-1:時計・猫・りんご、ボール、靴、自動車の絵が描かれている1枚の絵カードを呈示して、物の名称で質問し、子どもは指さしで答える。4問以上の正答で合格とし、StageⅡ以上と評価する。不合格の場合はStageⅠとなる。
LDT-2:帽子、はさみ、三輪車、椅子、コップ、鉛筆の絵が描かれている1枚の絵カードを呈示して、物の用途で質問し、子どもは指さしで答える。幼児は4問以上、学童は6問正答で合格とし、StageⅢ-1以上と評価する。不合格の場合はStageⅡとする。
LDT-3:大小の2つのまるが描いてある1枚のカードを呈示して、どちらが大きいかを問う。正答の場合はさらに、3つのまるの描いてある1枚のカードを呈示して、初めは一番小さなまるを手で覆ってどちらが大きいか問い、次に一番大きなまるを手で覆ってどちらが大きいか問う。いずれの場合も子どもは指さしで答える。どちらの課題も正答の場合に合格とし、Stage-2以上と評価する。不合格の場合はStageⅢ-1とする。
LDT-4:子どもの前に、積木、ボタン、犬のミニチュア、箱、ハサミを順に横に並べて、5つの課題を2回ずつ施行する。①犬を取ってください。②ボタンを箱の上に置いてください。③ハサミを積木のそばに置いてください。④箱をボタンの上に置いてください。⑤積み木をハサミのそばに置いてください。①から③までの課題と④または⑤の課題が2回とも正しく実行できたときにStageⅣと評価する。不合格の場合はStageⅢ-2となる。
LDT-5:この課題はStageの操作基準には入っていない。白と黒の碁石を用いいて以下のように行う。①黒の碁石を5つ並べそれと対応させて白の碁石を4つ並べて、どちらが多いかを問う。②白の碁石を1つ足して、白黒を同じ5つずつ並べてどちらが多いかを問う。③黒の碁石だけ間隔を広げて、どちらが多いかを問う。
⑵研究の対象
・対象は3~13歳の自閉症児(DSM-Ⅲに従った)89名であった。幼児35名、小学生52名、中学生2名。性別は男児74名、女児15名で性比は約5対1であった。
⑶LDTによるStage分けの結果
・結果は、StageⅠが21名(23.7%)、StageⅡが18名(20.2%)、StageⅢ-1が20名(
22.5%)、StageⅢ-2が24名(27.0)、StageⅣが6名(6.7%)であった。
⑷田中ビネーテストとの関係
・StageⅠでは、全員がIQ50未満で中度以下であり、重度と最重度が大部分(90.5%)を占めていた。
・中度以下の占める割合は、StageⅡ83%、StageⅢ-1では45%、StageⅢ-2では29%、StageⅣで0%であった。StageとIQとの間には強い相関があった。
・IQを暦年齢との関係で見ると、対象児全体ではまったく相関が認められなかった。
・Stage別にIQと暦年齢との関係を見ると、各Stageともに、暦年齢が高くなるにしたがって、ゆるやかにIQが低下する有意な負の相関が見られた。
・精神年齢(MA)と暦年齢との関係では、対象児全体では年齢が高くなるにつれてMAが高くなるという有意な正の相関が認められた。Stage別に年齢とMAとの関係を見ると、StageⅡを除いては、両者に明白な関係は認められなかった。
・Stageが上がるごとにIQは高くなり、Stage間に明瞭な差が認められた。同じStageでは暦年齢が高いほど、発達の遅滞が重度なことを示していた。
⑸表出言語との関係
・対象児全体の中で、有意味語のない子どもが28%(A)、1語文が8%(B)、2語文が25%(C)、3語連鎖以上が39%(D)であった。StageⅠではAが8割以上を占めており、残りの子どもたちもたまに単語を発する程度であった。StageⅡでは、AからDまで最も多様であった。StageⅢ-1になるとAは少なくなり、9割の子どもはC、Dであった。StageⅢ-2、Ⅳの子どもでは全員が確実に言葉を獲得しており、日常のコミュニケーションの手段として用いていた。
・Stageの段階は言語理解の程度で評価され、表出する言葉とは関係なく評価されるが、両者は強く関係していることが示されていた。
⑹空間テスト(LDT-4)の達成率
・「犬を取ってください」:StageⅠの子どもはほとんどできなかったが、StageⅡ以上では全員ができていた。
・「ボタンを箱の上に置いてください」:StageⅠ,Ⅱではまったくできず、StageⅢ-1でも40%しかできなかったが、StageⅢ-2の子どもでは約80%の子どもが正答していた。
・「ハサミを積木のそばに置いてください」:さらに正答率は低く、StageⅢ-1の子どもでもほとんどできず、StageⅢ-2の子どもでも30%余に過ぎなかった。
・このテストの結果ではStageが高くなるごとに言葉による関係の理解がすすんでおり、Stage間に明瞭な差が認められた。認知面では、StageⅢ-1ではもちろんのこと、StageⅢ-2
の子どもでも、物と物の関係を正確に言語で理解することは難しいことが示されていた。
⑺保存の概念の達成率
・LDT-5の正答率をStage別に見ると、①多少の理解、②同じの理解、③数の保存の概念についてどの課題もStageⅠ、Ⅱ、Ⅲ-1の子どもはまったくできなかった。StageⅢ-2の子どもでは、①多少の理解は50%余、②同じの理解は約40%、③数の保存の概念は25%の子どもができていた。StageⅣは対象人数が6名で、①多少の理解、②同じの理解は1名を除いてできていた。(達成率83.3%)③数の保存の概念は2名ができなかった。(達成率66.7%)
⑻指さしとの関係
・要求時の指さしは、StageⅠの子どもでは30%に満たないが、StageⅡ、Ⅲ-1では60%
近くに認められ、Stage-Ⅲ-2、Ⅳではほぼ全員に認められていた。
・応答的な指さしは、StageⅠの子どもではほとんど認められず、StageⅡ以上ではほぼ全員に認められていた。
・叙述的な指さしは、最も遅れて出現し、StageⅢ以上にならないと、あまり観察されなかった。
・つまり、Stageが上がるごとに、指さしの出現率の上昇と分化の方向が認められた。
⑼5つの行動特徴とStageとの関係
・89名の対象児のうち、StageⅠの子どもたちの47.9%は①言葉をかけても知らんふり、47.6%は②絵本を見せても目をそらす、52.4%は③機能的なおもちゃ遊びをしない、42.9%
は④ものまねによる表示をしない、47.4%は⑤基本的な要求はクレーン現象のみ、という行動特徴が目立っていたが、StageⅡ以上の子どもでは、目立たなく(多くても22.2%
程度)なっていた。このような行動特徴は、感覚運動期にある自閉症児の特徴であることが再確認された。
⑽この研究のまとめ
・このStage評価は、矛盾なくきれいに分類できた。設定した5つのStageの段階は、認知発達の側面から見ても発達の順序に並び、各々のStage間にはっきりした相異が認められた。したがって、Stage評価は、発達評価尺度として、かなりの妥当性がある。
・また、LDT-4、LDT-5などの課題への応答のしかたにより、子どもの認知の水準をさらに的確に知る利点もある。
⑾他の研究から
・黒木ら(1990)の研究(学齢児に対してStage別に田中ビネーテストの下位設問を詳しく解析した):StageⅠでは、言語系の課題はまったくできておらず、シンボル機能を獲得していない段階であること、StageⅢ-1では、物の名称がわかり、シンボル機能を獲得した段階であると言えるが、「理解」や「反対類推」のように、物と物の関係を頭の中で考えることはできないなどが示され、Stageによる認知の違いを明らかにしていた。
・岩口ら(1989)の研究(太田のStage評価を用いて、一般保育園児の前言語的行動の発達を調べた):Stage評価の高い子どもは、感覚運動的な遊びよりも見立て遊びやふりをする描写的な遊びが多く見られたこと、Stage評価の高い場合は、親と保母の前言語的な行動の評価がともに高いことを報告している。このことは、太田のStage評価は、一般の子どもの発達についても、表象機能の発達の評価が可能であること、発達評価法としての妥当性があることを示している。
2)一般の子どもでの検討
・LDT-1(物の名称の理解)、LDT-2(物の用途の理解)については、田中ビネーテストの標準化の際の年齢による達成率から知ることができるが、LDT-3(大小の比較)、LDT-4
(空間関係の概念)、LDT-5(数の保存の概念)は独自の課題であるために、一般の子どもについての年齢による達成率を調べる必要があった。そこで3~5歳までの幼稚園児176名を対象にLDTの課題、動作模倣の発達に関する課題のテストを施行した。
・その結果、LDT-3(3つのまるの大小比較)では、3歳児の90%ができていた。LDT-4
(空間関係の概念)では、4歳前半で50%を超え、4歳後半では80%を超えていた。したがって、この基準による課題は4歳台で達成されると考えられる。サブテスト④および⑤の達成率を見ると、④「箱の上にボタンを置いてください」の課題は、⑤「積木をハサミのそばに置いて下さい」よりも難しい課題であり、4歳前半で約50%、4歳後半で70%台の達成率を示していた。LDT-5(数の保存の概念)では、多少の理解は3歳前半から80%を超えていた。「同じ」の理解は、3歳後半で50%台を超え、4歳前半では80%を超えていた。「保存の概念」は5歳前半までの子どもはほとんどできず、5歳後半から急に達成率が立ち上がっていた。おそらく6歳台に達成される課題であると思われる。


【感想】
 ここまでは「太田のStage」評価法の内容と方法、および妥当性について述べられている。つまり、そのStageが、いかに認知の発達を踏まえたものであるか、それぞれのStageの間に、いかに明確な差異があるかについて詳しく説明されている。評価法の内容は「言語性検査」であり、子どもには、①検査者から逃げ出さない、②検査者の働きかけ(指示)を理解する、③検査者の働きかけに応じる(指さし・動作・口答)という条件が必要である。StageⅠは、LDT-1(6種類の絵が描かれている1枚の絵カードを呈示され、○○はどれですか」という質問に指さしで答える)ことが不合格(正答率50%以下)ということだが、そうした子どもたちには、①の条件が満たされない、また②の条件を満たしても③の条件が満たされない、といった様々なケースがあるのではないか。この評価法の中で要求される能力は(まず検査者との信頼関係という情緒的安定は大前提として)、①視覚的弁別能力(絵を見分ける)、②聴覚的弁別能力(音声を聞き分ける)、③聴覚ー運動連合過程(聞いて・見て指さす、聞いて・見て手で操作する)、④聴覚ー音声連合過程(聞いて・見て口答する)である。LDTのそれぞれの課題は、それらの能力のうちどれを必要なものとしているか、という観点から、結果を解析することも必要ではないだろうか、と私は思った。著者は、89名の対象者にLDTを施行し、各Stageと田中ビネーテスト、表出言語との関係を考察し、空間関係テストや保存の概念の達成率を解析しているが、「Stageが高くなるほどIQが高くなる」「Stageが高くなるほど表出言語が豊かになる」「Stageが高くなるほど比較・空間・保存の概念が高くなる」といった、いわば「当たり前」のことが明らかになっただけではないだろうか。そのことで、「太田のStage」の妥当性が証明されたことは肯ける。しかし、Stage1に分類された21名(23.7%)「全員」が、(認知発達の観点から)「無シンボル表象期」(感覚運動期)と断定してよいか。著者はまた、Stageと「指さし」との関係を考察している。その結果は、「Stageが上がるごと指さしの出現率の上昇と分化の方向が認められた」と要約されているが、StageⅠで、要求時の指さしが28.6%と最も多く、以下「応答的](14.3%.)、「叙述的(4.8%)という順であった。この傾向(出現順)はStageⅡ以上でも顕著であったが、なぜだろうか。つまり、自閉症児には「同じ指さしでも、興味のある物を見た時に出現する叙述的な指さしが遅れる」という特徴がある、それななぜだろうか、という観点からは考察されていない。さらにまた、Stageと「5つの行動特徴」との関係にも触れているが、StageⅠの半数(50%前後)が①言葉かけをしても知らんふり、②絵本を見せても目をそらす、③ものまねによる表示をしない、④基本的な要求はクレーン現象のみ、という行動特徴が「目立つ」ことが明らかになっただけで、それ以上のことはわからなかった。大切なことは、その「目立つ」群と「目立たない群」の差異はどこにあるかを明らかにすることだと、私は思うが、認知発達の水準は、いずれもStageⅠで、(認知発達の水準からは)解明のしようがない。
 いずれにしても、ここまでは「妥当性」があるかないかという論述だから肯くとして、ではどのような「有用性があるか」、次節を期待をもって読み進めたい。(2014.1.15)