梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学社・1992年)」精読(8)・Ⅱ章 自閉症の治療と治療教育・1

【要約】
《Ⅱ章 自閉症の治療と治療教育》
【はじめに】
・自閉症の治療は、受容的遊戯療法から、子どもに積極的に働きかける治療教育と薬物治療へと変化してきている。さらに、異常行動の改善や適応行動の獲得のみならず、認知と情緒の発達を促す方法にすすんできている。そして、認知発達的な見方から、子どもを受け入れ、行動の意味を理解し、行動の変容を図ろうとする方向に歩み出してきている。
・この章では、まず自閉症の治療の組み立てを述べ、次いで、治療形態について触れる。第3には、治療教育の歴史と現代的意義について述べる。第4には、我々の開発した認知発達治療の意義を概略する。第5には薬物療法の基本について述べる。最後に、自閉症の思春期から青年期に起こる諸問題への対処を述べる。
・なお、ここでは、治療は、自閉症児自身への働きかけであり、医学的治療をはじめ、心理的、教育的、福祉的働きかけを含んで使うことにする。
【1.治療の組み立て】
1)働きかけの2つの側面
・治療を考える際には、2つの側面がある。1つは、子ども自身に対する働きかけであり、もう1つは、まわりの受け入れ、理解、設備、様々な環境の要因をよくする働きかけである。
・一般に治療とは、子ども自身に対するものに力点が置かれた働きかけをさす。
・治療の方法は、治療教育と薬物療法に分けられる。また、親に対する療育指導も治療に含めることができる。
2)治療の目的と3つの次元
・治療のレベルには、行動、表象機能(認知と情緒)、脳機能の3つのレベルがある。
・行動レベルでは、異常行動を減弱させたり予防すること、社会生活を営む上で必要とされる行動を獲得するように促すことである。表象レベルでは、表象機能の発達を促したり、表象機能の障害を克服したりすることである。脳機能レベルでは、脳機能障害の克服と代償をめざすことまで含んでいる。
・自閉症の治療の目的は、3つの次元に分けられる。
⑴第1の次元(基本的障害の代償と克服)
・自閉症の特異的な情緒と認知の障害(その基盤にある脳機能障害)の克服と代償に(も)焦点が当てられる。年齢が低いほどこの次元の働きかけは重要である。
・我々の行っている認知発達治療の中心となる認知発達学習は、この次元の働きを狙ったものである。
⑵第2の次元(個々の適応行動の発達を促すこと)
・幼児期には、基本的な生活習慣の確立、直接役に立つ話し言葉や言語の獲得を含めた意思伝達技能の獲得、他人とかかわるための基本能力としての社会性の獲得、微細および粗大な協応運動の獲得などが含まれる。
・学童期では、基本的な家庭生活技能、相互交渉の技能、学科学習、集団生活への参加と適応などの技能の獲得が課題になる。
・青年期では、より高度な家庭生活技能、職業的技能、社会参加と社会的責任の遂行能力の獲得が課題となる。
・年長になるにつれ、家庭、社会、職業に直接役立つ技能を教えることが重要になる。
⑶第3の次元(行動の異常と偏奇の減弱と予防)
・異常行動への対処の基本は、発達を促す働きかけや適応行動を増やすことにより減少させることである。
・子どもの認知の発達に合わせた課題による働きかけと、子どもが自由に衝動を表現できるような設定の中で、異常行動をしばしば減弱させたり予防することが可能である。
・能力を大幅に超えた課題の強制や急激な環境変化は異常行動を増やすので、注意する。
また、異常行動の年齢による自然経過をも考慮して対処することは重要である。
3)治療の評価
・従来は、特定の適応行動を獲得すること、異常行動を減弱させることを治療目標とする短期的な効果に対する評価が行われてきたが、行動異常の背後には、認知と情緒にかかわる表象機能の重篤な発達の障害があるので、認知発達的な側面、情緒的な発達の評価も必要である。(太田、1989,1991)
・我々は、3つの次元から見た評価、全般性の重症度、親の満足度を含めた評価バッテリーを用いて評価を行っている。(精神発達、適応行動、異常行動、全般的改善度、親の満足度が何らかの方法で評価されることが重要である)
*東大デイケアの評価バッテリー:(太田のStage評価、Stage別課題チェックリスト、遊びの評価、5つの行動特徴、行動観察)(田中ビネーテスト、乳幼児精神発達質問紙、S-M社会生活能力検査、言語発達質問紙、PVT、小児行動質問紙、改訂行動質問表、CGAS、CARS)(年度末治療アンケート、健康調査票、療育調査票)
4)治療における両親と家族
・親は、自閉症の原因ではない。(このことは最近の研究により明確に支持されている)
・親は、子どもの最大の援助者である。
・治療教育を行う際には、治療者と親とはお互いに学び合い、適切なプログラムを実践していくことが大切である(schopler,1976)。
・親子関係にひずみが見られ、子どもに異常行動が見られるからといって、親の養育態度や性格が、子どもの異常行動や情緒障害の病因ではない。しかし、親と子は互いに影響し合い、そのひずみは子どもの異常行動へ親が反応した結果であるとともに、親の不安に対する子どもの反応でもある。子どもの年齢が若いほど、この相互に見られるひずみが強い。
・親を自閉症の原因として責めることは、成因論から見ても正しくない上に、両親はそのような子どもを持ったことへの罪悪感、劣等感などを有していることが多く、両親のそれらの感情を拡大することになる。そのため、親への支持的な働きかけはとりわけ重要である。
・自閉症児が、治療教育で獲得した様々な技能を、家庭や地域での生活において般化できるようにする必要がある。一方、自閉症児が家庭や地域での生活において獲得した技能を、治療教育の場において、確実なものにしていくことも必要である。家庭内での自閉症児特有の問題行動への助言、援助も大切である。
・親は、程度の差はあれ不安抑うつ状態を示すことがあり、ときに親の精神科的治療が必要なこともある。また、自閉症児の同胞への配慮も必要となってくる。その対処の詳細については第Ⅶ章を参照されたい。


【感想】
この節では、「治療の組み立て」として、治療の目的、治療の評価、治療における両親と家族について、述べられている。治療には、子ども自身に対して行われるものと、子どもに周囲(たとえば家族)に対して行われるものという2つの側面がある。子ども自身に対して行われる治療には、行動レベル(異常行動の減弱や予防)、表象機能(認知と情緒)レベル(表象機能の発達促進、障害克服)、脳機能レベル(脳機能障害の克服と代償)の3つのレベルがあり、①基本的障害の代償と克服(認知発達治療など)、②適応行動の発達促進(基本的生活習慣の確立、意思伝達技能、社会性、協応運動、学科学習、職業的技能など)、③行動の異常・偏奇の減弱と予防、を目的としている。治療の評価は、この目的が、どの程度達成できたか(に加えて)、全般性の重症度、親の満足度を含めて行う。治療の2つめの側面として、両親・家族へのアプローチも重要である。「親と子はお互いに影響し合い、そのひずみは子どもの異常行動へ親が反応した結果であるとともに、親の不安に対する子どもの反応でもある。子どもの年齢が若いほど、この相互の関係にみられるひずみが強い」。しかし「親を自閉症の原因として責めることは成因論から見ても正しくない上に、両親はそのような子を持ったことへの罪悪感、劣等感などを有していることが多く、両親のそれらの感情を拡大することになる。そのため、親への支持的な働きかけはとりわけ重要である」。「親は、程度の差はあれ不安抑うつ状態を示すことがあり、ときに親の精神科治療が必要なこともある」。「また、自閉症児の同胞への配慮も必要になってくる」。
 以上を読んで、私が思ったことは以下の通りである。
1.治療者は、自閉症児・者に対して(そう言明するか、しないかにかかわりなく)「あなたの病気は、脳機能障害です。だから、まずその障害を克服しましょう。また代償の手段を見つけましょう。そして、みんなと同じことが、同じようにできるようになることを目指しましょう。そうして、あなたの「風変わりな言動」を減らしていきましょう」と思っている。
2.治療者は、親に対して「あなたの性格や育て方は、自閉症の原因ではありません。自閉症の原因はまだわかりませんが、お子さんには脳機能障害があり、それが原因で様々な異常が生じていると思われます。したがって、お子さんの自閉症は(現状の医学では)治りません。しかし、早期から適切な治療・教育を行えば、今、生じている様々な異常は減少し、社会的に自立することも可能です」と思っている。
 その思いは、子どもや親にどのような影響を及ぼすだろうか。おそらく治療者は「そうか、ぼくがおかしいのは、ぼくの責任ではなかったんだ」「私の性格や育て方が悪かったのではないのですね。安心しました」といった反応を期待しているのだろうが、では、はたして「ぼくは、自分の障害を克服するために一生懸命がんばります」「親として、適切な療育ができるように勉強します」という気持ちに変容するだろうか。
 大切なことは、「親と子はお互いに影響し合い、そのひずみは子どもの異常行動へ親が反応した結果であるとともに、親の不安に対する子どもの反応でもある」という事実を冷静に見つめなおし、まず「親子関係のひずみ」(自体)を治療することではないだろうか。
子どもが異常だから親が不安になる、しかも、その異常が治らないとすれば、その不安は絶望に変わる他はない。その絶望が、親の「不安抑うつ状態」を招くことは火を見るより明らかであろう。親は、自分の性格や育て方を責められなくても、罪悪感、劣等感が拡大していくことに変わりはないのである。さらに言えば、親の「不安抑うつ状態」がいつ始まったかを見極めることも重要である、と私は思う。もし、子どもの誕生前(ということも十分あり得る)だとすれば、その「不安に対する子どもの反応でもある」と言えなくもないのではないだろうか。
というわけで、著者が言う、とりわけ重要な「親への支持的な働きかけ」とはどのようなものか、その中身について知りたいと強く思った。(2014.1.9)


【付記】
 著者らは、「自閉症の治療の目的として3つの次元に分けられる」として、以下を挙げている。
⑴第1の次元(基本的障害の代償と克服)
⑵第2の次元(個々の適応行動の発達を促すこと)
⑶第3の次元(行動の異常と偏奇の減弱と予防)
 第1の次元では「自閉、の特異的な情緒と認知の障害(その基盤にある脳機能障害)の克服と代償に(も)焦点が当てられる」としながらも、準備されているのは「認知発達治療のための認知発達学習」だけであり、《情緒の障害》の克服と代償には焦点があてられていない。情緒の障害は「親子関係のあり方」と深くかかわっており、避けて通ることはできない。しかし、著者らは「親子関係にひずみが見られ、子どもに異常行動が見られるからといって、親の養育態度や性格が、子どもの異常行動や情緒障害の病因ではない」と考えているために、その問題を軽視せざるを得ないのだ、私は思う。第2,第3の次元は「適応」を主目的としており、「発達」的観点が欠落しているように思われる。
(2016.12.3)