梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

3冊の絵本

 今日は74回目の誕生日だ。「やっと辿り着いた」というのが実感である。この1年間は、「高血圧症」に始まり「脊柱管狭窄症」「急性心筋梗塞」「逆流性食道炎」「後鼻漏」等々、ずいぶんの病名を知った。また、動悸、息切れ、倦怠感、吐き気、胸焼け、脱力感、膨満感、便秘、等々、言葉としては知っていた「不快感」の数々を実感することができた。生まれてから72年間は、せいぜい「虫歯」「二日酔い」「風邪」程度の不快感で済んでいたことは、まことに幸せであった。 
 今月の初め、私の病状を知った知人から、ていねいな見舞状と3冊の絵本が届けられ、「御気分の優れている時、ページを捲っていただければ幸いです」と書かれた寸箋が添えられていた。その絵本とは、①「オータム」(さくデビッド・A・カーター やくきたむらまさお、大日本絵画・2017年)、②「たねのずかん●とぶ・はじける・くっつく●」(高森登志夫 え・古矢一穂 ぶん 福音館書店・1990年)、③「生きる」(谷川俊太郎 詩、岡本よしろう 絵 福音館書店・2017年)の3冊である。①は「とびだししかけえほん」であり、ページをめくると、カボチャ、アオカケス、ビロードモウズイカ、カマドウマ、ホワイトポプラ、コムギ、トウモロコシ、ザクロ、カキなどの植物が飛び出してくる。登場するのは、カナダツル、シマスカンク、パイソン、ハシボシキツツキ、カワウソ、カンムリウズラ、オレゴンガラガラヘビ、アライグマ、コウライキジ、ブロングホーン、ポリフェムスヤママユ(アメリカカイコガ)などの鳥獣虫類たち・・・。主題は「秋」、まもなく冬を迎えるが、「実りの季節」であり、収穫の喜びがあふれる時なのだ。私の人生も「秋」、何一つ結実した収穫は見当たらないとはいえ、喜ばなければいけない黄昏時なのである。なぜなら・・・、②は「たねのずかん」。「たね」とは《命の根源》であり、「とぶ」「はじける」「くっつく」などしながら、子孫を増やしていく。実に、ノボロギクからジャノヒゲに至るまで、122の種子が「微に入り細に入り」(カラー写真よりも鮮やかに)描かれている。まさに「生命力」の総結集という有様で、その力強さに圧倒された。①と②に共通するのは、「人間が登場しない」ということである。人間以外の生物たちが、いかにたくましく、したたかに「命」をつなぎ、全うしているかが、「絵」を通して物語られていた。そして③、はじめて人間(詩人・谷川俊太郎)が登場し、「生きる」ことについて語り出す。「生きていること」とは「《今》(生きていること)であり、のどがかわくことであり、木漏れ日がまぶしいということであり、ふっと或るメロディーをおもいだすことであり、くしゃみをすることであり、あなたと手をつなぐこと」である。
そして、《かくされた悪を注意深くこばむこと》であり、《自由ということ》であり、《愛するということ》であり《いのちということ》である。 
 だとすれば、私の「病」も「不快感」も《今、生きているということ》であり、《いのちである》ということになる。
 なるほど、知人が3冊の絵本に託したメッセージが、《今》わかったような気がする。心底から感謝申し上げ、与えられた《命》を精一杯、全うしたいと思う。
(2018.10.25)