梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症 治癒への道」解読・《30》第10章 事例(9)【出版されている六つの論文】(3)ベック「アホウドリの悪魔払い」

◎要約
【出版されている六つの論文】
《ベック「アホウドリの悪魔払い」》
・ステファンは兄が4歳の時に生まれた。母親は出産時の激しい出血で衰弱していたので、ステファンと一緒にいることがめったになかった。ステファンはおとなしい赤ちゃんだった。
・9か月の頃、母親はステファンが「ひきこもって疎遠な感じ」なのが気になり始めた。
・1歳半の時、家族は休暇旅行に出かけ毎晩のようにホテルを変わった。
・1歳8か月の時、水に対するこだわりを示し始めた。(いじる、飲む、便器の水を飲む)
両親や他の人が言ったことに反応を示さなかった。
・2歳1か月の時、弟が生まれたが、噛みついたり、ひっかいたりした。
・2歳半の頃には、ごみ箱をあさり始め、ふらふらと出歩いた。(無事に帰宅していた)
・3歳の時「レゴ」を見つけ、いつも同じ飛行機と家を作り、失敗するとかんしゃくを起こしていた。
・医者の診察を受けたところ、耳鼻科医は「聾ではない」、言語治療士は「自閉症」と診断した。
・ステファンの父親は仕事のため、ほとんど家にいなかった。
・3歳9か月の時、この家族は2年間の滞在予定で、飛行機で英国に飛んだ。その出発は、ステファンの気持ちを動転させた。
・英国では母方の祖父によくなつき、カナダにもどった時には祖父がいないことをとても寂しがった。
・その後、両親は「よいこと」も「よくないこと」もしながら、自己流治療を行い、16歳の時点では、「話もするし」「友人もできたし」「さまざまな技能(料理など)を身につけた」。
《母親の回顧》
・ステファンは私のおかげというより「私のような親がいたにもかかわらず」うまくいったということではないか、と時々思う。
・これまでを振り返り、全体として思うことは「夫との協力」という流れは一貫していた。
・教師の言うことにはつねに従った。ステファンの興味を利用するようにした。いつも、図書館やら買い物に連れて歩いた。
・私がこれまでの年月から学んだことは、①首尾一貫した態度、②後もどりを覚悟すること、③過保護であってはならない、④機会さえ与えれば、ステファンは多くの場面に対処できるようになること、⑤いろいろ新しい課題を与えてみること、の大切さである。
《著者の評価》
・2歳半頃、ステファンが外出し「ひとりでさ迷い歩いたあげく『いつも必ずもどってくる』ことを発見したとき、「後を追わずひとりで行かせた」という話は興味深い。最初は両親がたいへん心配し、父親が「近くの林をさ迷っているのを見つけて連れもどした」。母親はほっとして彼をしっかりと抱きしめた」というが、この「抱擁」は適切な時に、いつも行われていたわけではない。別の時、タクシーから家へ走り込んできたきて初めて「ママ」と言った時の素晴らしい瞬間には、彼女の方から同様の喜びの反応をしたことは述べられていない。
・母親は、少し自己中心的で、時には子どもにあきあきしているようにもみえるが、それでもステファンは非常に大幅な回復を示した。
・ステファンはほぼ6歳の頃からずっと学校に行っており、発音もはっきりしていて、日記をつけており、「語呂合わせ」「だじゃれ」「スラング」を冗談に使ったりしている。
・ステファンの物語は、完全に回復したという形で終わっていないが、両親が受けて実行に移してきた指導(およびガイダンスの欠如)がいかに混乱したものであったかを考えると、この話はむしろ両親、とりわけ母親さえ十分に動機づけられてさえいれば、自閉症児は回復に向かって援助できるということである。


《感想》
 この事例で、最も興味深い点は、母親が「ステファンは私のおかげというより『私のような親がいたにもかかわらず』うまくいったということではないか、と時々思う」、と回顧しているように、素晴らし超一流の「自己流ママ」でなくても、「自閉症児を治癒できる」ことが実証されていることだと、私は思う。ステファンの母親は、いわば「普通のママ」にすぎなかった。乳幼児期から、母子の関係は「疎遠気味」であり、9か月頃には「ひきこもって疎遠な感じ」だったことを、母親は心配し始めている。しかし、ステファンは(不在の多い)父親の方を恋しがっており、また英国では(母方の)祖父によくなついたという。母親は、カウフマンの本を読んでいたにもかかわらず、そこに書かれていたようなこと(観察や接触)は「何一つやらなかった」と述懐している。時には「自己中心的」になり「ステファンにあきあき(うんざり)する」こともあったが、「しかし、そういう自分の過失(一貫性のなさ)に対していつも代価を払わされてきた」と反省している。いずれにせよ、ステファンは母親よりも父親の方に愛着を感じていた、にもかかわらず、徐々に、ステファンの情緒は安定し着実に回復していったことは間違いない。世の「普通の母親」にとっても、明るい希望がもてる恰好の事例ではないだろうか。(2013.12.20)