梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・89

■“対話”における母親の役割
【要約】
 サンガー(Sanger,1955)は、何人かの母親の、乳児に対する音声による働きかけの細部を数ヶ月にわたり追跡観察した結果、母親、とくに“良い母親”は、子どもの目覚めている間は、ほとんど子どもに話しかけ、子どもを“音声にひたらせる”と述べている。
 母親の子どもに対する働きかけが、子どもの言語発達に大きな影響を与えることを、実験的に立証した研究が、近年になって公にされた。アーウィン(Irwin,1960)の行ったものである。1歳1カ月の幼児の母親24名(勤労者家庭)に毎日15~20分ずつ、子どもに本を読んで聞かせるよう指導し、その効果を追跡したものである。このような指導をしない同年の子どもも追跡し、これを比較群とした。母親に本を読んでもらった子ども(実験群)と、比較群とを2カ月おきに訪問して、子どもの音声を記録した。1回の記録は30呼気とし、その音素をIPAで記録した。その結果、1歳5カ月までは音素頻度の平均値に差はみられなかったが、それ以後は、実験群のスコアは比較群を上まわり、その差はその後ますます大きくなった。母親の子どもに対する言語的な働きかけの重要性がはっきりとうかがわれるであろう。
 母親は日常、どのような形で子どもと言語的に接触しているのだろうか。
 母子の実際の“対話”の直接観察に基づく研究が行われている(村田・大原,1966)。そこでは、つぎの五つの問題が検討された。
⑴ 母子対話場面では、母親と子どもの談話頻度はいずれが多いか。
⑵ 対話は母子のどちらから開始されることが多いか。
⑶ 母親の談話を機能的に分類した場合、その機能の特殊性と子どもの談話頻度とはどんな関係があるか。
⑷ 子どもの談話に対して、母親が応対するかしないかの二つの例数を比較し、さらに応対を積極的ー消極的の二つに分類した場合、母親の談話にどんな特徴がみられるか。
⑸ 母親によって子どもの談話が模倣される率はどの程度か。子どもの誤った音声や話し方に対して、母親はどの程度これあいを修正するか。
 観察対象は、家庭で母親に育てられている発育の正常な第1子で、1歳前半期と1歳後半期、および男女児数を均等にとった40名である。観察と録音を絵本場面と積木場面それぞれ5分間行った。その結果つぎのようなことが明らかになった。
⑴ 母親と子どもの談話頻度は、場面(絵本や積木)によっても、子どもの月齢(前半期・後半期)によっても、差はない。
⑵ 対話の開始者は、母親であるほうが多い。話の口火を切るという機能は、母にとって重要である。場面による機能の差はない。
⑶ 母親の談話の機能は要求、報告、応対という三つの型に分けられるが、①要求には、要請・懇願・勧誘・質問・反問・促しなどがふくまれる。②報告は、自発的に発したもので、何らかの情報を子どもに伝える目的でなされる。③応対とは、子どもの談話に対する母親の非要求的な談話的応対を指す。
 その集計結果によると、場面と月齢に関係なく、各型の頻度順位は、
 ●応対>要求>報告
であった。さらに、これらの母親側の三つの型のそれぞれによって誘発される幼児の側の談話頻度は、
 ●要求>応対>報告
 の順であった。
⑷ 子どもに談話に対して母親が応答する率は、37~56%であった。この率は、場面による差があり、積木場面のほうが高率を示した。また母親の応対が単なる返事・うなずき・あいづちなどのような消極的なものではなく、積極的だった場合は47~74%であった。この率は積木場面では低く、また前期では低かった。
⑸ 母親の積極的応対の一つの型として、母親が子どもの直前の談話を模倣する頻度を調べると、子どもの談話に対して8~33%がこれにあたり、とくに絵本場面の後期にこの率が高い。子どもの談話が音声あるいは語の使い方に誤りがあり、修正を必要とする場合、母親は修正的にこれを模倣する傾向があり、これは模倣の97~100%に達している。ここで母親は、子どもの談話を一応承認しながらも、“こういうふうにしたほうがなお良い”という手本を子どもに与えているわけである。
 このように、母子間の対話の中で、母親は子どもの談話活動を強く促すように行動し、子どもの談話に対して注意深く、積極的に応対するとともに、それを修正的に模倣することによって、子どもの談話活動を抑制することなく、漸次、成人の慣用に談話を近づけようと努力しているのである。なお、修正的模倣は、文の形成にとっても重要である。


【感想】
 ここでは、「母親の役割」について述べられている。サンガーによれば「“良い母親”は、子どもの目覚めている間は、ほとんど子どもに話しかけ、子どもを“音声にひたらせる” 」そうである。それが事実であるという結果は、アーウィンの追跡観察によって証明されている。聴覚障害児の早期教育においては「ことばのお風呂に入れる」というような言い方がされていたことを思い出す。要するに、子どもに対して「声かけ」「話しかけ」をすることが、まず母親にとって必要な役割であることがわかった。それに対して、子どもがどのような反応をするか。すばやく敏感に反応すれば「やりとり」の頻度は増し、順調な言語発達が可能になるだろう。
 さらに著者らは「家庭で母親に育てられている発育の正常な第1子で、1歳前半期と1歳後半期、および男女児数を均等にとった40名」に対して、母子の実際の対話の「観察と録音を絵本場面と積木場面それぞれ5分間行った」。その結果、①対話の口火を切るのは母親の方が多い、②母親の談話の機能は、応対>要求>報告の順に多かったが、子ども
の側の談話頻度は、要求>応対>報告の順に多かった。③子どもの談話に誤り修正を要する場合、母親は97%が修正模倣した、ということがわかった。
 ここでいう「要求」とは、要請・懇願・勧誘・質問・反問・促しなどがふくまれ、「応対」とは非要求的な談話的応対、「報告」とは、自発的に発したもので、何らかの情報を伝えるものである。談話の開始者は母親の場合の方が多いが、その内容は子どもに要求するものは少ない、という結果が興味深かった。母親は、子どもが話しやすい雰囲気を作り、まず子どもの談話を受け入れ、子どもの談話に修正の必要があった場合には、それとなく「修正的の模倣する」ということが、役割として重要であるということだろう。 
 母親がそのことに気づかず、子どもとの対話を怠った場合どうなるか。また、子どもに対して積極的に「声かけ」「話しかけ」をしたのに、子どもの反応が鈍く、対話に発展しない場合はどうなるか。
 「自閉症児」の育児を考えるうえで、大きな問題になると思われるが、その解答を出すのは私自身でなければならない。 
(2018.9.30)