梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・82

8 幼児語から成人語へ
【要約】
 幼児語が成人語へ変化していく過程は、1歳のある時期に急速に進められる。この期に、ワンワンはイヌとなり、マンマががゴハンとなり、tick-tackがclockになり、miawがcatとなる。この変化が成人の子どもに対する訓練と、子ども自身の観察学習に依存していることは明白だが、この時期に大きな効果をあげている理由を述べることは容易ではない。
 ここでは、まず、幼児語および成人語の性質を知り、両者の関係を考え、成人語化をふくむ使用語の標準化が生じるための、育児者のたくまない役割について考える。


【感想】
 私の知る「自閉症児」は1歳前期に「マンマ タベテルノ?」と尋ねると「カボチャ」と答えた。また、飲みたいものを「ニンジンジュース」と言って要求した。つまり、いきなり成人語を話し出したのである。育児者が幼児語を意図的に使わなかったためだと思われるが、その結果、気持ちのやりとりが不十分になった。育児者は子どもを自分のレベルまで「引き上げる」よりも、子どものレベルまで「下りていく」ことが大切ではないだろうか。2歳になったとき「気持ちが通じないようだが・・・」と育児者に告げると、育児者は「2歳の子どもに気持ちがわかるだろうか?」という反問が返ってきた。なるほど、2歳の子どもに成人の気持ちはわからない。しかし、まず成人の方が2歳児の気持ちに「共感」し、重ね合わせなければ、「気持ちが通じ合う」ようにはならないだろう。「自閉症児」が成長し、学童期、青年期、成人期になっても「何を考えているのか、どんな気持ちでいるのか、よくわからない」、つまりお互いが《わかり合えない》という話はよく聞かれる。
 著者のいう「育児者のたくまない役割」とはどのようなものか、興味をもって読み進めたい。(2018.9.18)