梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・79

■要求語
【要約】
《初期発声》
 不快、とくに空腹に連合して生じる最初の音声は[ma ma ma...]というような型であることが古くからいわれている(Jespersen.1922;Gesell and Amatruda,1947;Lewis,1948)。しかし、単母音[エ、ア]などに表される音声もまた。要求発声の初期の型である。ルイス(Lewis,1951)によると、1歳前半期では単母音を多様な要求音声として用いる。すなわち、
⑴ 対象に手を伸ばすとき
⑵ 注意をひきつけようとするとき
⑶ 名をたずねるとき
⑷ 行動の承認を求めるとき
などがこれである。このような発声には運動的行為が伴うことが多く、発声のほうが二次的・随伴的である。レベス(Revesz,1956)がいうように、要求の表示は、はじめは命令行為として生じるのである。これらの行為は、特殊的要求の表示はできないが、その多くの場合、育児者が、子どもの態度や事態の多くの経験などから、特殊的な要求を類推する。育児者の応対・処置が適切であれば、子どもの要求発声の特殊表示性は高まっていく。この意味で、これらの発声は要求語の機能的な萌芽とみることができるだろう。
 村田(1960,1961.1962)は、これらの要求的行為に伴う単母音の発声を、5人の1歳児の追跡観察で例外なく認めることができた。その後、特殊要求語ではなく、(母国語音声に影響を受けた)テ、テーテあるいはテッテという要求発声を観察することができた。テ音の使用は、シテ、カシテ、ドイテ、トッテなどの要求語と無関係ではないように思われる。
《初期の要求語》
 村田(1961)は、さらに慣用語形による要求語の発達過程を検討し、その結果つぎの事実を認めた。
⑴要求語の変化と多様化
 ①慣用要求語は1歳後半期に生じる。
 ②チテ(シテ)、アケテ、トッテ、などのような動詞連用形+テは、最も種類が多く、頻度も最も高い。1歳9カ月以降に増加は顕著になる。
 ③イク、ノル、ダス、ヨム、カク、アガル、など終止連体形は、“話し手自身が遂行しようとする行為の予告”としてよりも、願望を表示するものとして生じ、要求語として数えるほうが適切だと思われる。②についで種類が豊富である。
 ④イレ、ノミ、アガリなど、連用止めの命令も現れる。
 ⑤勧誘のショー(共通語ではショー)も生じる。
⑵要求語の形式と用法の未分化性
 要求語が多様化するといっても、1歳段階では形式・用法とも、誤りや誤用が少なくない。
 ①多くの要求語の発音が不完全なために、理解の困難なことがある。
 ②アケテがアイテになり、ドイテがドケテになるように、自動詞と他動詞の使いわけ、あるいは使役動詞の用法上の未熟さが目立つ。“降りてほしい”ということを“アガリ”といい“閉めてほしい”ということを“アケテ”というように反対語を用いることもある。
“着物を着てほしい”というときに“ベーベ ハケ”というような誤りはよく起こる。それは、子どもの要求表示の欲望が非常に高まってきていることと、言語活動における一種の創造性の現れであり、“応急の解決”への努力を意味している(Leopold,1949)。
⑶動詞発生の主要な源泉としての要求語
 要求語に対して同じ時期に生じたこれと語根の共通する語を調べたところ、K児では、その要求語の46%は要求語と共通の語根をもっていることがわかった。シテ:シタ、トッテ:トッタ、アケテ:アケタ、カイテ:カイタなどの組がこれであり、動作ないし運動の完了を伝達する動詞型が要求語と対になった。しかし、M児ではこの率は24%にすぎなかったので、相関性があるとはいえないが、子どもの側の活用概念の発生を示唆している。要求語の発生は動詞概念の一つの発生源であるということが予想される。
⑷語連鎖による要求叙述の発生
 さらに、こうした要求語に対象語が連鎖され、あるいは適切な助詞が組み合わされるならば(たとえば、エホン オ トッテ)、伝達の一義性と有効性はさらに高められる。語連鎖の問題はのちに“文の発生”を扱うときに十分考察したい。


【考察】
 要求語は、「ア」などの単母音からはじまり、「テ」「テーテ」「テッテ」を経て、「シテ」「カシテ」「ドイテ」「トッテ」などに成っていく。また「イク」「ノル」「ダス」「ヨム」「カク」「アガル」などの終止連体形は願望を表示するものとして生じるが、要求語として考えられる、ということであった。
 私の知る「自閉症児」は、「ジ カク」「コウエン イク」と言って、「字を書いて」「公園に行こう」という要求を(5歳頃まで)表していたが、ここで報告されているK児もM児も、まず「トッテ」「アケテ」など《テ》という音声型で要求をしている。その違いはなぜ生じるのだろうか。 
 一つには、自閉症児は「要求」という頻度が少ない、二つには、育児者が子どもの要求するまえに充たしてしまう、三つには、育児者が子どもの要求語をそのまま受け入れて訂正しない、などということが考えられるが、はたしてどうだろうか。
(2018.9.15)