梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

子どもを「自閉症」にするかもしれない《30の方法》

 「自閉症スペクトラム」の原因が「脳の機能的障害」であるか否かという問題にかかわりなく、生育上の環境、とりわけ育児法のあり方が、「自閉症状」(行動特徴)に多大な影響を及ぼしていることは明らかである。
 20世紀初頭、アメリカの行動主義心理学の創始者・ジョン・ワトソンは、以下のような育児法を提唱した。


〈無知な母親がいる。彼女たちはいつも子どもにキスを浴びせ、抱きかかえ、揺すり、体をなで、くすぐっているけれども、そういう猫可愛がりは、子どもの健全なエゴの形成を歪めるものなのだ。社会に出て、他人と互角に競争できないような人間を作っているのである。しかもこのことを彼女たちは知らない・・・。賢明な幼児教育はかくあるべきだ。子どもを、大人と同等に扱うこと。・・・絶対に、子どもを抱きかかえたり、キスしたりしないこと。ひざののせてあやさないこと。どうしてもキスしたいなら、「おやすみなさい」のとき額に1回だけにすること。・・・すべての猫可愛がりはやめて、懇切な言葉で説明してあげる、あたたかい微笑で愛情を伝えてあげるなどのように、母親が自己訓練しなければならないのだ。子守が雇えなければ、裏庭に外部からの危険な侵入が防げるだけの柵を設け、その中に一日中放っておくくらいがかえって子どものためになる。できるだけ早く、このような育て方をはじめなさい。・・・そんな放任育児はとても心配で、と思う母親は、のぞき穴かかくし戸を使って、子どもの目に自分の姿が見えないような工夫をすること。そうして最後に、赤ちゃん言葉やあやし言葉は絶対につかわないこと〉。
(『ふれあい』(デズモンド・モリス著、石川弘義訳・1974年・平凡社)より引用)


 この育児法は、連綿と受け継がれ、21世紀の日本においても、少なからぬ信奉者が居ることはたしであろう。どのような育児法で育てるかは両親(親権者)の自由だが、その子どもに「脳の機能障害」があるか否かにかかわらず、「自閉症スペクトラム」の行動特徴(①他人との社会的関係の形成の困難さ、②言葉の発達の遅れ、③興味や関心が狭く特定のものにこだわること・文部科学省)を「人為的」(実験的)に作り出すことは可能である。以下、その方法を述べる。


① 胎生期において、母親が過度なストレス・不安を感じること。とりわけ、胎児の出生を望まない場合には、母子ともに致命的な損傷が生じる。   
② 生後、初乳を与えないこと。
③ 新生児期、子どもが泣いて母乳を《要求する前に》、授乳すること。(定時授乳)
④ 新生児期、子どもが泣いて《不快を訴える前》に、おむつ交換をすること。
⑤ 乳児期、「一番風呂」に入れること。
⑥ 乳児期、子どもの泣き声に反応しないこと。(泣き声を無視すること)
⑦ 乳児期、子どもの発声(クーイング、バブリング、ジャーゴン等)に反応しないこと。(声かけをしないこと)
⑧ 乳児期、子どもを「抱きしめない」こと。
⑨ 乳児期、子どもを「あやさない」こと。
⑩ 乳児期、子どもを「だっこ・おんぶ」しないこと。
⑪ 乳児期、幼児音、幼児語で話しかけないこと。
⑫ 乳児期、「指をしゃぶらせない」こと。
⑬ 乳児期、「おしゃぶり」を与えないこと。
⑭ 乳児期、一方的に「絵本」を読み聞かせること。
⑮ 乳児期、「トイレット・トレーニング」をすること。
⑯ 乳児期、外出しないこと。
⑰ 乳児期、手を使わせないこと。(誤飲、負傷防止のため)
⑱ 幼児期、手をつながないこと。(手首を持つこと)
⑲ 幼児期、家族と一緒に食事をしないこと。(子どもに特別のメニューを準備すること)
⑳ 幼児期、危険防止のため、過度に環境を整えること。(引き出しをロックする、テーブルに登らないよう、イスを倒しておく、本棚から本を抜き出せないようにぎっしりと詰め込む、傘を持たせない等)
㉒ 幼児期、添加物の食物を与えないよう、《過度に》留意すること。(食物アレルギー、偏食を誘発するおそれがある)
㉓ 幼児期、子どもが出来ないことを、《先回りして》介助すること。(子どもに失敗させたくないと思うこと)
㉔ 幼児期、子どもと一緒に遊ばないこと。(自分は楽しまずに遊ばせようとすること)
㉕ 幼児期、子どもを他の子どもと比較すること。(出来ることは自慢、出来ないことは落胆する。「育児書」に頼ること)
㉖ 幼児期、子どもを叱らないこと。(叱られることをしないように工夫する)
㉗ 幼児期、数字、仮名文字、アルファベットなどの「記号」を《一方的に》教えること。
㉘ 幼児期、子どもに対して、《一方的に》「よくできたね」「いい子ね」「おりこうさんね」「かしこい」などと言うこと。
㉙ 幼児期、子どもが「遅れている」と《過度に》心配すること。
㉚ 幼児期、専門家から「自閉症スペクトラム」と診断されて、それを信じること。(子どもを「自閉症スペクトラム」だと決めつけること) 


 「育児法」の原則は、「ワトソン式育児法」とは正反対に、まず子どもを「猫可愛がり」することから始まる。そのことで、子どもは親を信頼し(安心・安定し)、周囲に対する好奇心(学習意欲)が生まれる。同時に、親を他と区別して「特別な存在」と感じる(愛着が生まれる)のである。新生児期からほぼ半年間、親は子どもの要求に「無条件」に応じ、子どもを満足させる(盲従する)。そのことで、子どもに「自発性」が生まれる。以後、少しずつ子どもの行動を見守るようになり、出来ることは自分でやらせようとする(消極的拒否)。そのことで、子どもに自信が生まれ「自立」の第一歩が始まるのである。この時、大切なことは、子どもが出来ないことを過度に「手伝わない」ことである。失敗すれば子どもが自信をなくすと思い込み、失敗しない状況を準備したりする(過干渉)ことは禁物である。子どもにとっては「試行錯誤」を繰り返すこと(学習)が必要であり、また喜びなのである。1歳を過ぎると、子どもの活動は活発になり、目を離せない状態になる。そこで初めて、親は子どもの行動を「叱って」制御する(積極的拒否)。そのことで、子どもは「してもいいこと、してはいけないこと」(善悪の判断)を学ぶのである。「叱り方」は、親によって様々だが、乳児期の「愛着関係」が成立していれば、叱られても子どもが損傷を受けることはない。「ワトソン式育児法」が有効になるのは、この段階以降のことであろう。
 就学後は、集団のルール、厳格な社会秩序を守らなければならない。そのストレスに耐えられるのは、乳児期に獲得した親への「愛着」「信頼感」があるからである。もし、それが不十分だとすれば「①他人との社会的関係の形成の困難さ、②言葉の発達の遅れ、③興味や関心が狭く特定のものにこだわること」といった行動特徴を引きずることは必定であろう。それらはすべて、誰もが乳幼児期に経験している特徴であり、まだその段階に留まっているということなのである。その原因が、親の過度な「不安」、過度な「干渉」に因ることは明らかである。上記に列挙した30項目は、いずれもその傾向を示す「育児法」に他ならないのだから。
 ただし、それらの「育児法」を「人為的に」(実験的に)実践することは許されない。
自閉的行動特徴を引きずらないために(あるいは予防するために)、上記30項目を軽減し「改める」ことだけが許されるのである。 (2017.6.4)