梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

戦後文学の思想と方法・戦後の状況・Ⅰ・《7》

 〈日本資本主義の運動は、けっきょく、資本主義の世界的体制の生成、発展、衰退、死滅の過程に組みこまれてゆかざるをえない。〉(『日本資本主義講座』・Ⅳ・前出・3頁)

 〈この場合(注・世界における戦後過程)直接的に世界資本主義体制の危機をいっそう深めることになった事情として注目されるのは、世界が対立しあう二つの陣営に別れたことから生まれた「全体を包括する単一の世界市場の崩壊」であり「たがいに対立している平行的な二つの世界市場」の出現であり、その結果資本主義の世界市場が縮小し主要な資本主義国(アメリカ、イギリス、フランス)の世界資源に対して力をくわえうる範囲が収縮し、こうしてこれらの諸国における諸企業の操短が増大するにいたるという一連の経済的な変化である。〉(前出・6頁)
 単一世界市場の崩壊は、いったい日本資本主義に対してどのようなかかわりあいをみせたのであろうか。それを戦後経済の問題として考えようとするなら、やはりここでもまた戦前の経済との比較において検討しなければならない。
 すでにみたように、もともと単一世界市場の崩壊という現象は、第一次世界大戦の結果であり、また同時に第二次世界大戦の原因でもあったが、それは正に第二次世界大戦後においてより決定的なものとなった。
 さて、戦前における日本経済の特徴について簡単にみるならば、それはひとくちにいって戦争経済であり、またその戦争経済は農村に残っている封建的な諸関係を基礎にして成り立っていたということである。
 〈戦争経済は社会の消費力のせまい限界(注・「この社会の消費力は(略)敵対的な分配諸関係の基礎の上での消費力によって規定される。それはさらに蓄積衝動、すなわち資本を増大しかつ拡大された規模で剰余価値を生産しようとする衝動によって制限されている。」(《資本論・Ⅲ》)を急激に、破滅的におし広げる。消費のための消費の源泉・・過去に蓄積された国民的な富と現在の年所得との合計・・が涸渇するまで吸いあげられる。〉(前出・26頁)
 〈戦争経済は産業に「一方的・軍事的方向」を与える。このことは政府の購買(軍需市場の形成)を媒介にして生産と消費とがいっそう引きはなされること、こういう人為的な歪められた形の再生産は赤字財政かインフレーションの加速度化によってのみ維持されること、またそれにともなって資本主義的自由市場に特有の調整的な機能が今や全く失われてしまうことを意味する。〉(前出・26頁)
 またそうした戦争経済が、農村の封建的関係を基礎にしていたということには二つの側面があった。その第一は、経済の旗印が低米価・低賃金であったために、農村の再生産条件を破壊し、地主制度の下にある農民の苦痛を耐えられぬものにした。(低米価供出制・米の供出における部落の共同責任制・事前割り当て制等)その第二は、食糧問題である。それは単なる需給の問題ではなく、もともと商品米の四分の一以上を植民地(朝鮮・台湾)に依存していたことによる。
 〈日本農業が戦時の食糧需給にたいして弾力性をもっていなかったことがバクロされた。それは詮じつめると内地農業が工業的発展に立ちおくれていたことによるのだが、その裏には日本資本主義が農業の封建的基礎を足場にし、後生大事にそれにとりついているという事情がひそんでいた。〉(前出・42頁)
 以上が、ごく大ざっぱな戦前の経済的状況である。

(1967年3月)

戦後の状況・Ⅰ・《7》 : 戦後文学の思想と方法