梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

国葬の是非・2

 安倍元首相の横死は「国葬」に値するか。その根拠の一つに、民主主義の根幹である選挙活動中に斃れたことが挙げられているが、彼は犯人の「私的な恨み」(私憤)によって殺害されたのであり、民主主義や国民の権利・生活を守ろうとして犠牲になった訳ではない。もし、災害の被害に遭った人々を見舞おうとして事故にあったとか、北朝鮮に拉致された被害者を救出しようとして暗殺されたとか、いずれにせよ「国民のために」犠牲になったのなら、十分に「国葬」に値する。選挙活動とは、要するに自党の候補者を応援しに行っただけのことであり、所詮は「自己(保身)的な行為」でしかないのである。
 犯人の恨みが、「統一教会」に対するものであったことも興味深い。政治家の面々は、国民に奉仕することよりも「議席を獲得すること」「その議席を守ること」に終始し、そのためには「手段を選ばない」ことが明らかになりつつある。そうした政治家の代表が安部元首相だったとしたら、「国葬」の強行は、日本の恥である。
 国民に対しても弔意を表している外国の人々に、何と説明するのだろうか。
ちなみに、「国葬」に値する死とは、以下の記事のようなものである。
(2022.9.15)