梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・芝居「かんちがい」(風美劇団)

 芝居の外題は「かんちがい」、筋書きはいたって単純。ある大店(材木問屋)のお嬢さんが、出入りの植木職人(座長)に一目惚れ、そしてお決まりの恋煩い・・・。やむなく母親(藤千和子)が職人に直接談判、「婿入りして跡目を継いでくれないか」という話、「いえ、お嬢さんとわたしでは身分が違います」と固辞する職人、その謙虚さに、「ますます気に入りました、私の方が一緒になりたい」などと強引に口説かれ、職人はとうとう承諾する羽目に・・・。「ただし一つ条件があります。私にとってはただ一人の身内、ちょっと足りない兄貴(太夫元・風美翔蔵)の許可をもらってください」「わかりました、雑作もないこと」と母親は、すぐさま職人の兄(もまた植木職人)を呼び出して、同じように談判。「家の娘が職人さんに恋をしましてね。」「なるほど、職人といえば板前ですか?」「いいえ」「じゃあ大工ですか」「いいえ、それがね。植木屋さんなんです。恋煩い同然で夜も日も明けない様子、その人を婿にして跡目を継がせたいと思います」「なるほど、よーくわかりました。でも、あっしには女房が一人いる。いやいやかまいません、あんなカカアとは別れても、お嬢さんを幸せにしてみせますよ」ということで、まさにとんだ「かんちがい」物語(時代人情喜劇)であった。見所は「ちょっと足りない」兄の「すっとぼけた」風情(風美翔蔵独特のえもわれぬユーモア、知的な「三枚目」とでもいおうか)に加えて、その女房(藤経子?)との「絡み」も絶妙、女房は女房で、かつての「東京漫才・内海好江」然(色香が加わるだけ本物より上)として、十二分に見応えのある舞台であった、と私は思う。ところで、この藤経子という女優、ただ者ではない。斯界では、若水照代を筆頭に、市川恵子、冨士美智子、大日向きよみ、大日向皐扇、大川町子、三花れい、おおみ悠、藤乃かな、愛京花、都ゆかり、笑川美佳、富士野竜花、春日舞子、長谷川桜・・・等々「魅力的な」女優の数ある中で、「一と言われて二と下らない」実力の持ち主である、と私は見た。一方、その夫(太夫元)・風美翔蔵の「芸風」は、学生演劇の軽演劇といった「域」を出るものではなく、いわば、書生っぽい(青臭い)インテリと、泥臭い旅芸人の「対決」とでも言おうか、その絶妙なコントラストが、(他の劇団には見られない)独特の景色・風情を醸し出しており、そこらあたりがこの劇団の特長ではないだろうか。したがって、その特長を際だたせるためにも、「口上」は従来通り、太夫元・風美翔蔵が担当すべきであろう。その話術は「天下一品」、斯界に限らず、寄席の漫談家、テレビ芸人など足元にも及ばない「至芸」だと太鼓判が押せる。そのあたりを劇団の特長として強調することが将来の見通しを明るくする、と私は信じて疑わない。
(2009.6.10)