梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・役者点描・滝裕二

    滝裕二が「鹿島順一劇団」に加入したのは、いつの頃であっただろうか。たしか、太平洋健康センターいわき蟹洗温泉(福島県)だったような気がする。だとすれば、それは平成21年6月公演の時、すなわち今から2年前のことだ。その間、彼は見事なほど、「端役」「裏方」に徹してきた。「端(はした)役者」の条件は、「目立たない」ことである。「スポットを浴びない」ことである。少しでも、主役が引き立つように、つねに自分の「立ち位置」を定めなければならない。彼の、芝居での役柄は、ほとんどが「その他大勢」の中の「斬られ役」で、セリフがあっても「へえ」「わかりやした」で終わってしまう。(これまで私が見聞した限りでは)唯一、彼が、まともに登場人物を演じたのは、「悲恋流れ星」の冒頭場面、妹(盲目)の眼を治そうと田舎から出てきた旅の途中で、ならず者に襲われ、懐に入れた治療の金ばかりか、命まで盗られてしまう兄、といった気の毒な役回りであった。そのとき、私は初めて彼の「声」(口跡)を、じっくりと聞くことができたのだが、「悪くない」。素朴で、弱々しく、それでいて「妹思い」の温もりを十分に感じとることができたのだった。「かしま会ホームページ」の「劇団紹介」では、〈滝裕二(たきゆうじ)【4月22日生まれ】〉とあるだけで、彼の詳細は何もわからない。出自、年齢、芸歴・・・などなど一切は不明だが、その風貌からして年齢は四十歳台、舞台歴もあり、と見受けられるが、劇団の(芝居の)中では「目立たない」。まずは、それでいいのだ、と私は思う。だがしかし、話はそれで終わらない。場面が変わって「舞踊・歌謡ショー」。責任者・甲斐文太の「芝居では端(閑職)、その分は舞踊で取り戻せ!(主役を張れ)」といった配慮があるかどうかはともかくとして、彼の出番(個人舞踊・歌唱)は確実に保障されている。それかあらぬか、この1年間で彼が演じた「曲目数」は、以下の通り、三十を優に超えている。「かしま会ホームページ」の「観劇レポ」を参照すると【舞踊】1・のろま大将(大江裕)、2・夕焼け大将(大江裕)、3・東京無情(三門忠司)、4・雨の大阪(三門忠司)、5・俺の出番が来たようだ(三門忠司)、6・佐渡の舞扇(鳥羽一郎)、7・俺の人生始発駅(鳥羽一郎)、8・河内一代男(鳥羽一郎)、9・流氷子守唄(山川豊)、10・暴れ獅子(大泉逸郎)11・荒野の果てに(山下雄三)、12・男と男(宮路オサム)、13・男一代(北島三郎)、14・神奈川水滸伝(北島三郎)、15・関東流れ唄(北島三郎、16・東京流転笠(大川栄策)、17・てなもんや三度笠(藤田まこと)、18・木曽恋三度笠(香田晋)、19・時雨の半次郎(五木ひろし)、20・おしどり(五木ひろし)、21・あのままあの娘とあれっきり(氷川きよし)、22・やじろべえ(日高正人)、23・酔歌・ソーラン節入り(吉幾三)、24・赤い椿と三度笠(三波春夫)、25・男朝吉(村田英雄)、26・人生劇場(村田英雄)、27・紬の女(竜鉄也)、28・命の華(テ・ジナ)、29・あばれ太鼓(坂本冬美)、30・股旅(天童よしみ)、31・望郷玄海節(椎名佐千子)、32・大阪純情(キム・ランヒ)、33・一本刀土俵入り(島津亜弥)、34・浮世ばなし(歌手不詳)、35・昭和残侠伝(歌手不詳)、36・よろずや紫舟お目通り(よろずや紫舟)【歌唱】1・「高校三年生」、2・「そしてめぐりあい」ということであった。なるほど、その多種多様さ(レパートリーの広さ)は「半端」ではない。本人に尋ねれば「もっとあります」と言うだろう。それもまた、彼の「目立たない」実力に違いない。(加えて【歌唱】力は十分に魅力的である。)だがしかし、である。その多彩な「演目」のわりには、印象に残る作品が少ないのはなぜだろうか。彼の努力が「結実化」しないのはなぜだろうか。不足しているものは、ただ一点、「俺の出番はきっと来る」という固い信念、歌詞の世界を「体(表情・振り、所作)だけで」伝えようとする意欲・工夫の積み重ねだと、私は思う。レパートリーの中の一曲でよい、これだけは誰にも負けない、という演目を「一点集中」して磨き上げる努力が必要ではないか。責任者・甲斐文太の「弥太郎笠」「冬牡丹」、座長・三代目鹿島順一の「忠義ざくら」「蟹工船」「大利根無情」等…、は、いつ観ても、何度観ても、飽きることはない。そのような「至芸」をお手本にして、滝裕二ならではの「演目」を極めてもらいたい。その暁には、おのずから芝居での「端役」にも磨きがかかり「俺の出番が来たようだ」という段取りになることは、間違いないだろう。というわけで、さしあたっての「歌謡・舞踊ショーは」、滝裕二にとっての「人生花舞台」、俗謡を贈って締めくくりたい。「はした役者の俺ではあるが、『かしま』に学んで 波風受けて 行くぞ男のこの花道を 人生劇場いざ序幕」。
(2011.6.12)