梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇場界隈・鬼怒川温泉ホテルニューおおるり

 午後1時から、鬼怒川温泉ホテルニューおおるり「湯けむり会館」で大衆演劇観劇。東武鉄道・鬼怒川温泉駅で降り、観光案内でホテルの所在地を尋ねると、徒歩6分くらいとのことだった。ホテルはすぐに見つかったが、「大衆演劇」を公演している風情は全くない。「今日は休演日?」と案じながら、フロントに行く。「お芝居を観たいんですが・・・」と言うと、「芝居はここではありません。『湯けむり会館』の方に行ってください」と従業員が説明する。ホテルを出て、徒歩4分、ホテルとは全く別の敷地に『湯けむり会館』はあった。しかし、それはあくまでホテルの付属施設に他ならず、観客はすべてが宿泊客であったように思う。玄関を入ると、七十歳代の男性が首をかしげながら出てきた。「本当に、芝居やるの?誰も見に来ていないようだが・・・」その場にいた従業員とおぼしき男性が答える。「やりますよ。だいじょうぶ。お客さんがひとりでもやりますから。でも、午後は舞踊ショーだけね。芝居は午前中にやってしまったから・・・」なるほど、と思いながら、その従業員に入場料を払おうとすると、「ああ、お金はいりません。十分に楽しんでいってください」。「ひとりでもやる」「お金はいらない」という言葉に、私は二度びっくりした。劇場内は、まさに「会館」という景色で、400人程度を収容する桟敷席が用意されていた。食卓様のテーブルが並べられ、宿泊客とおぼしき観客が14,5人、お茶を飲んだり、寝転がったりしていた。「演劇グラフ」の案内によれば、入場料300円(宿泊客無料)とのことだが、今日のように観客数が少ない場合には「特別サービス」として全員無料ということにしているのだろうか。詳細は分からなかった。いずれにせよ、『湯けむり会館』は、ホテルニューおおるりの一部であり、宿泊客を対象とした娯楽施設であることは間違いない。まもなく開演。劇団しらさぎ(座長・あまつ秀二郎)、座員は長男・あまつカッパの他、女優1名、男優2名、子役1名(男児・6歳)。劇団の紹介パンフには「プロフィル・平成12年10月創立。劇団名は座長の出身地の姫路のしらさぎ城にちなみ命名。座長あまつ秀二郎を中心に、明るく楽しい舞台を目指し、一生懸命に芸に取り組んでいる。元気のいい若手の台頭とあまつカッパなどの子役の活躍が期待される。座長・あまつ秀二郎。昭和37年2月6日生まれ。兵庫県姫路市出身。O型。22歳の頃から初代あまつ栄二郎に師事し芸を磨き、平成12年10月に旗揚げ。舞踊ではしっとりとした女形、芝居では貫禄たっぷりの老け役として活躍中。十八番には『恩愛夫婦籠』などがある。現在は後進の指導に力を入れている」とある。
 観客数が少なかったためだろうか(経費節減のためだろうか)、客席後方からの投光はなく、舞台天井からの照明、点滅ライトだけの「舞踊ショー」であった。「わびしさ」一入といった舞台であったが、いわゆる「場末の」とか「うらさびれた」とかいう「泥臭さ」とは無縁の、まさに「平成のわびしさ」という雰囲気であった。勝手な想像をすれば、夫の座長、妻の女優、長男のカッパ、二男の子役、座長の父・弟の男優2名、祖母の裏方という構成であろうか。あいにく座長の「しっとりとした女形」「貫禄たっぷりの老け役」を観ることはできなかったが、「平成の家族」、その絆の「はかなさ」が漂う舞台であった。なかでも、子役二人の「瞼の母」「竹とんぼ」は、座長クラスの演目に挑戦という風情で、健気だった。将来に期待したい。また、温泉施設における興行の実態を知ることができ、たいへん満足した。(2008.1.9)