梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・芝居「吉五郎懺悔」(鹿島順一劇団)

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)・〈平成23年10月公演・大阪オーエス劇場〉         
今日は三代目座長20歳の誕生日とあって、南條隆、龍美麗、南條勇希、大導寺はじめ、豊島屋虎太朗といった面々がゲスト出演で「ダブルの大入り」という盛況ぶりであった。芝居の外題は「吉五郎懺悔」。名うての盗賊・木鼠吉五郎(座長・三代目鹿島順一)が、奥州の白石で捕吏につかまるお話である。幕が開くと、そこは白石在の、とある茶店、その店先で土地の目明かし親分(責任者・甲斐文太)と子分・清太郎(赤胴誠)、清太郎の母で茶店の老婆(春日舞子)、親分の娘・お八重(幼紅葉)が四方山話をしている風情。親分の話では、どうやら盗賊・木鼠吉五郎が近在に潜入したらしい。「しっかり仕事をするように」と子分の清太郎を諭しているが、清太郎はいっこうに耳を傾けない。十手を弄んでいたかと思うと、どこかへ立ち去ってしまった。おそらく博打場にでも遊びに行くのだろう。あきれかえる親分、ゆくゆくは娘のお八重と一緒にさせよう、と思っているのに・・・。息子の体たらくを詫びる老婆、清太郎を追いかけていくお八重。文字通り老若男女の四人が醸し出す冒頭の景色は、例によって「いとも鮮やか」であった。一同が去った後、主役の木鼠吉五郎、子分藤造(ゲスト出演・南條勇希)を引き連れて花道から登場。よおっ、三代目!颯爽とした立ち姿はひときわ「絵」になっていた。吉五郎、子分に曰く「おれはまだ捕まるわけにはいかねえ。どうしても会っておかなければならねえ人がいるんだ」「それはいったいどなたで?」「今から20年以上も前、江戸の振袖火事で生き別れになった、おれのおふくろさ」「そうでしたか。お頭には親御さんがいなすったか」「おまえは、おれにかまわず独りで逃げてくれ、達者でいろよ」。独りになった吉五郎、(尋ねる人の情報を集める魂胆か)茶店の中に声をかけて一休みする。応対に出たのは件の老婆。双方、一目見るなり互いに惹かれ合う様子が鮮やかに描出される。吉五郎いわく「お婆さん、見たところ、この辺りのお人とは思えないが」老婆応えて「まあ、お目が高い!私はこれでも若い頃は江戸で左褄をとっておりましたよ」とシナを作る。「あなた様も、どこかキリッとした、いい男だこと」。実の親子が、役の上でも親子を演じる。「よおっ、御両人」と声をかけたい絶妙の間合いであった。うち解けて二人は互いの身の上話を交わすうち、吉五郎はその老婆が、お目当ての母親であることを確信する。とは言え、今さら「親子名乗り」などできようはずがない。「幼いとき、おれを捨てた薄情な母親だと恨んできたが(老婆の温かい心遣い、ぬくもりを感じて)その気持ちも消え失せた。もう思い残すことはない」と思いつつ、「それでは、ゴメンナスッテ」と立ち去ろうとしたとき、今度は、老婆が呼び止めた。「せっかくだから、手作りの濁酒を飲んでお行きなさい(もう二十歳になったのだから)。御飯も食べて行きなさい」。やっぱり、切っても切れないのが親子の絆か・・・。吉五郎、立ち戻って縁台に腰を下ろし、酒と飯を馳走になった。「どうぞ、たあんと召し上がれ」、思い切りかっ込んで飯をのどに詰まらせる。あわてて背中をさする老婆の手が吉五郎に近づいた一瞬、しっかりとその手を握りしめ、頬に押し頂く。氷のように固まって慟哭する吉五郎、その様子を優しく見つめる老婆の姿は「筆舌に尽くしがたく」、まさに「虚実皮膜」の極致であった。ここは飛田の芝居小屋、だがしかし、その舞台模様は、国立劇場・歌舞伎座・明治座。演舞場等々、名だたる大劇場に勝るとも劣らぬ出来映えであった、と私は思う。聞けば、老婆の一人息子は十手持ちとのこと、その体たらくな息子の清太郎に「手柄を立てさせよう」と吉五郎は決意する。もう逃げ隠れする必要はない。舞台は二景、村はずれの街道であったか。博打でとられた銭を「返してくれ」と、清太郎が土地のヤクザ(花道あきら)に追いすがる。ヤクザ、「何を言っているんだ。また銭を持ってきて博打をすればいい」と取り合わず、立ち去ろうとしたのだが、そこに吉五郎登場、匕首を突きつけて難なく清太郎の銭を取り返す。「うそー!」と嘆くヤクザの様子が、たまらなく魅力的であった。吉五郎、自分の手配書(人相書き)を見せて「オイ、清太郎。まだ気づかねえのか。オメエが追いかけている木鼠吉五郎はこのおれだ。早くお縄にしねえか!」。はっと気づいた清太郎、「御用!」と叫んだが、十手がない。「待ってろよ、今、家に帰って持ってくるからな」「ああ、いつまでも待ってるよ」。その時、背後から声をかけたのが十手持ちの親分、「待て!お前は木鼠吉五郎だな。神妙にお縄にかかれ」「あいにくだがオメエに捕まるわけにはいかねえ。手向かいするぜ!」吉五郎も親分も「清太郎に手柄を立てさせたい」という思いは同じ、いわば同志に違いないのだが、それを知っているのは観客だけ・・・。両者必死に立ち回るうち、吉五郎に分があって、親分は絶命。男と男の意地が絡み合った悲しい結末。しなくてもよい「殺生」の罪が吉五郎に加わって、舞台は大詰めへ・・・。捕り手に囲まれた吉五郎、飛び出してきた子分の藤造に助けられて囲みを破り、やってきたのは茶店の前。「来てはいけないところに来てしまった。おっ母さん、私の分まで長生きしておくんなさい」と独りごちする。その様子を見届けたのは清太郎、「アッ、おめえ!」と絶句しながら、他のことに気がついた。「オメエは兄ちゃんじゃねえか!おっかあがよく言っていた・・・。そうだ、そうだ、兄ちゃんに違いない」「違う、違う。おれは木鼠吉五郎だ、早くお縄にして親孝行をしねえか」「いやだ、いやだ。そんなことをしておっかあが喜ぶはずがねえ!」三代目鹿島順一と赤胴誠は、甲斐文太の兄弟弟子である。ここでもまた虚と実の風情が絡まり合って、絶妙の景色を描出していた。体たらくで遊び好き、まだ嘴の黄色い未熟者が、実は「母思い」「兄思い」の実直な青年であった「真実」を、座長の弟弟子・赤胴誠は、ものの見事に演じ通したのであった。弟に曳かれていく兄、その様子を見て「ハッ!」とする老婆(母)、思わず駆け寄ろうとするのを、必死で止める清太郎、開幕から1時間20分、長丁場の名舞台は「屏風絵」のように艶やかな景色を残して閉幕となった。お見事!この芝居の眼目は、一に「親子の情」、二に「兄弟の情」、三に「男の意地の絡み合い」、それらが錦紐のように綯い交ぜされた「鹿島順一劇団」の夢芝居は、どこまでも続くのである。
(2011.10.20)