梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

続・「布財布」譚

 郵便局から速達が届いた。「警察がキャッシュカードを保管しているので受領するように」という内容であった。さっそく所轄の警察署(会計課・遺失物係)に連絡後、赴いた。
窓口で受理番号を告げ、マイナンバーカードを呈示、所定用紙に住所、氏名、電話番号を記入する。担当警察官が件の布財布を持ってきた。「これに間違いないですか」「間違いありません」「それでは、中に入っていたものを確認してください」と言いながら、内容の欄に記入していくように促す。「まず、黒い財布、布製。次に現金21110円、キャッシュカード3枚(○○銀、××銀、△△銀)」。私は言われるままに記入して押印した。「はい、結構です。どうぞお持ち帰りください」。・・・、というやりとりだけで愛用の布財布は手元に戻った。どこで拾ったか、誰が拾ったかという説明は一切なかったので、こちらも、あえて尋ねようとは思わなかった。私は届けてくれた人に感謝し、いくばくかの謝礼をしなければならない。しかし、そのためには相手の氏名、住所(個人情報)を知る必要がある。警察に尋ねれば教えてくれたかもしれない。しかし、尋ねようと思わなかったのは何故か。こちらの氏名、住所も知らせなければならない。「面倒なことには関わりたくない」という極めて利己的な判断が、どこかで働いていたからである。もし、警察が「拾い主は何処何処の某さんです。お礼をしてください」と言えば、間違いなくその通りにしただろう。苦しい弁解である。
 手元に戻った布財布の声が聞こえる。「お前はやっぱり、ろくでなし!」
(2016.10.7)