梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「本当はこわくない新型コロナウィルス」(井上正康・方丈社・2020年)通読・25《第7章 「失敗の本質」と日本人の死生観》

《第7章 「失敗の本質」と日本人の死生観》(要約)
■グローバル社会の新しい感染症
・従来のロックダウンが効かないグローバルな現代社会において、感染症との戦いは新しい局面に入った。


■「失敗の本質」を見つめ、俯瞰的に対応する。
・これまでの半年間の政府の対応、多くの専門家の発言、メディアの報道などは、いずれも俯瞰的視点に欠け、科学的羅針盤を持たずに迷走し続けている。
・「恥の文化」が深く根付いている日本では、「失敗しないことを目標とする遺伝子」が国民に深く影響を与えているが、ヒトは失敗する生き物であり、過ちに気づいた時点で早期に正しく方向転換すれば、傷口を最小限に止めることができる。
・これ以上人災的被害を深刻化させないために、政府や専門家は俯瞰的な視点で国民の健康な生活を取り戻すことを最優先に考える必要がある。


■クラスター解析はどこまで有効だったのか?
・「専門家会議」の中心的戦略は「クラスター解析による封じ込め」であった。このやり方はエボラ出血熱、SARS,MERSのように急激に発症して重症化する急性の重篤感染症への対応策としては大変有効だが、新型コロナウィルスのように、感染力が強くて、大半が無症状のウィルスでは効果が激減する。
・今回の新型コロナは感染力が従来のウィルスの6倍も強いために、日本でもすでに深く広範囲に拡散し、従来のクラスター解析では把握不能な状況になっている。
・しかし、集団免疫が獲得されているために、感染の被害は限定的だ。
・休校措置、緊急事態宣言、東京アラートなどの処置とは無関係に、新型コロナウィルスは桜の季節と共に収束した。新型コロナウィルスは基本的には「季節性の風邪ウィルス」だった。


■AIやビッグデータを用いて最先端ゲノム科学で俯瞰的に戦う
・現代の感染症では、AIやビッグデータをフル活用しながら最先端ゲノム科学を総動員して戦う必要がある。「ネイチャー」「サイエンス」「ランセット」「NEJM」などの一流科学誌は毎週オンラインで論文を無料公開している。世界中の新型コロナウィルス情報をリアルタイムで入手可能だ。
・本書の内容は、世界中の研究者の論文やデータに基づいて俯瞰的な視点で新型コロナウィルスの問題を国民向けにわかりやすく述べたものである。
・トイレットペーパー品切れ騒動、マスク品切れ騒動、イソジン品切れ騒動などは、メディアに煽られた国民が恐怖心で正常な判断ができなくなり、過剰反応した結果だ。このように不確かな情報の暴走こそが今回のコロナ騒動の本質である。


■「指定感染症」からの格下げがコロナ禍解決の鍵
・新興感染症では想定外のことも起こりうるので、国が新型コロナを早い時期に「指定感染症」に認定したのは原則的に正しい対応だった。しかし、新型コロナウィルスは今では「既知のウィルス」になりつつある。日本や東アジアの民族には「感染力が少し強い風邪のウィルス」であり、高齢者や入院患者を集中的にケアすれば有効に対処できることもわかった。
・今回のコロナ騒動では医療崩壊の可能性も危惧されたが、その主因は新型コロナを「2類の指定感染症」に指定したことだった。2類では症状の有無や重症度とは無関係に元気なPCR陽性者などを「感染症指定医療機関」で隔離する義務が生じる。
・現時点でのウィルス特性や臨床像を総合的に判断すると、早急に「2類指定感染症」から除外するか格下げする必要があることは明白だ。
・政府や厚生労働省はこれまでの経緯にとらわれず、「次の波」が来る前に新型コロナの指定解除を検討する義務がある。これが国民に対する政府の最も重要な緊急課題でもある。・これが多くの難問を雪崩式に解決する糸口になる。


■「コロナ恐怖症」こそが「失敗の本質」
・大災害などの非常時には「切り取られた数値」がひとり歩きし、人々のバランス感覚をマヒさせる。今回のコロナ騒動でも、メディアやSNSによる玉石混交の情報が世界中に拡散し、マスク、消毒用アルコール、トイレットペーパーなどが店頭から消え、医療施設の必需品まで不足する事態に陥った。
・新型コロナウィルスによる日本の死者は9月2日の時点で1327人になったが、日本では毎年数千万人が季節性インフルエンザに罹患して約1万人が死亡している。
・普段、日本で死は病院の中に封印され、目に触れないようになっており、インフルエンザや交通事故による多くの死は日常と隔離された「見えにくい死」だ。しかし、大災害で一度に多数の死者が出ると、突如として死が身近に可視化される。今回もメディアによるインフォデミックが、新型コロナによる少ない感染者数を海外の悲惨な死者数で上書きし、同様の惨状が日本でもすぐ起こるような錯覚を国民に植えつけていった。この恐怖心が冷静な判断を奪い、感染が少し強い風邪のウィルスが「凶暴な殺人ウィルス」に格上げされて全国民を震え上がらせた。
・この「コロナ恐怖症」こそが、新型コロナウィルス騒動の最大の元凶であり「失敗の本質」である。


■成熟国家スウェーデンの国策とトレードオフ
・感染予防と経済のバランスを重視した国策を実施したのがスウェーデンだ。ロックダウンをしてもウィルスの感染を止めることはできず、集団免疫を獲得するまでゆっくりと対応していくスウェーデンは状況を冷静に見て科学的に対応した唯一の国だったと思われる。日常生活は適度なソーシャルディスタンスを維持する注意喚起がなされただけで、健康な人は自己責任で行動するという方針である。
・しかし、スウェーデンの死亡率は低いわけではない。高齢者施設などで多くの犠牲者が出た。国民は政府の政策を信頼して結果を冷静に受け止めている。政府も大きな方針転換をすることなく、このスタンスを継続している。
・このスウェーデン方式は科学的見識、政府に対する国民の信頼、成熟した民度と死生観に支えられており、この方法は、今後のパンデミックへの対応策として多くの示唆を与えてくれる。


【感想】
・日本人にとってコロナは「感染力の強い季節性の風邪ウィルス」に過ぎなかったが、世界の惨状と同じことが日本でも起きるのではないかといった「不安」が恐怖感を煽り、社会的に混乱した、というのがコロナ禍の「本質」だと、私も思う。
・メディアは、未だに「感染者が爆発的に拡大し医療崩壊が起きている」という情報を流し、患者が入院治療を受けられずに死亡した事例を「列挙」している。国民は誰もが「明日は我が身」と覚悟して息を殺す。晴れ晴れとした爽快感は、消え去った。
・問題は、新型コロナを「2類指定感染症」にしているため、PCR検査の陽性者をすべて「医療の対象」にしている点であろう。陽性者イコール感染者、感染者は隔離、その場所を確保するために、本来の医療機関が機能しなくなる、発症者が十分な医療を受けられない、といった《社会的な問題》の方が深刻なのである。
・コロナを「2類指定感染症」に指定している限り、感染者が拡大することによって、本来の医療業務ができなくなることは明らかだ。
・著者は、毎週オンラインで無料公開している一流科学誌の掲載論文からの情報をもとに、俯瞰的な視点で対応することが重要だと述べているが、為政者、専門家、メディアが(容易に入手できる)それらの情報を見落としているとは思えない。意図的に黙殺することによって、人為的に「コロナ恐怖症」を拡大しているとしか思えないのだが・・・。
(2021.1.17)