梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

映画「白い酋長」(監督・フェデリコ・フェリーニ・1952年)

 結婚式を終えた新郎・イヴァンと新婦・ヴァンダは、夜行列車でローマにやって来た。新婚旅行である。ローマにはヴァチカンの高官を務めるイヴァンの叔父一家が住んでいる。イヴァンの計画では、7時ローマ着、10時まで休憩、10時30分親類との挨拶(花嫁紹介)、11時ローマ教皇謁見(200組の中の1組だが・・・)、12時昼食、13時~17時ローマ名所巡り、観劇、18時ディナー・・・、と、人生で最も楽しい時間を過ごすはずであった。 
 一方、新婦のヴァンダにはヴァンダなりのもくろみがあった。彼女は週刊雑誌に連載されるフォト・ロマンス(アニメ劇画の実写版)の大ファンで、スターのリヴォリに手紙を出し返事をもらっていたのだ。「ローマに来たときは撮影スタジオでお目にかかりましょう」チャンスは今だ。イヴァン仮眠している間に、自分は入浴中ということにして、そっとホテルを抜け出した。スタジオは徒歩10分、しかしリヴォリは不在、持ってきた自作の肖像画(リヴォラ演じる)「白い酋長」を託して戻ろうとしたのだが・・・。
 とんだ運命のいたずらから、思いもよらぬ展開になる。ヴァンダは劇画のキャスト、スタッフと一緒に郊外(浜辺)の撮影現場まで連れて行かれ、「新入り女優」として「白い酋長」の相手役にまで抜擢されてしまった。初めはしきりに「ホテルに戻らなくては」と思っていたが、いったんリヴォラに出会うと、もうメロメロでコントロールが効かない。撮影の合間に二人きりでヨットに乗り、口説かれる始末。監督に怒鳴られて引き返し下船すると、リヴォラの妻が待ち構え、「この女は誰」と夫を詰問すれば「しつこく迫られた。性悪女だ」だと・・・。あまりの情けなさに、ショックで倒れ込んでいるうち、撮影陣一同は引き上げてしまった。
 一方、残されたイヴァンは「浴室から湯がこぼれ出した」と叩き起こされ、ホテルは大騒ぎ、花嫁は行方不明。しかし叔父一家との面会時間が迫っている。やむなく「花嫁は病気になった」ことにして、叔父一家との予定をこなす。夜になったが、ヴァンダは戻る気配がない。「いったいどこに・・・」、ホテルの外、噴水のほとりで「男泣き」に泣いていると、夜の女が二人、目にとめた。その一人、娼婦カビリア(ジュリエッタ・マシーナ)に慰められ、もう一人と一緒にイヴァンの姿は消えた。その行き先は判らない。
 真夜中、ヴァンダはようやくヒッチハイク(?)をして市内に戻ってくるが、ホテルに帰る勇気はない。フロントに電話をかけ「運命に逆らうことができずあなたの名誉を汚してしまいました」と伝言、川岸から十字を切り入水を試みた。しかし、そこは浅瀬・・・。近くの人に助けられ病院へ。
 夜が明けた。ホテルのロビーでは叔父一家が待っている。そこに朝帰りしたのはイヴァン。もう隠し通せない。覚悟したイヴァンが叔父に真相を打ち明けようとしたその時、フロントに電話がかかった。病院からである。受話器を持ったままイヴァンはその場に卒倒した。何事かと一同に助けられ、部屋の前に来たとき、意識が戻った。「妻は元気になりました。30分後にはサン・ピエトロ寺院(教皇との謁見は延期されていた)に参ります」
 今、事態が飲み込めたイヴァン、ヴァンダの衣装を持って病院に駆けつける。再会した二人はお互いに泣きじゃくり、言葉が出ない。
 そして30分後、寺院前の広場。待ち構える叔父一家の前にようやく姿を現したヴァンダ。「かわいい」と高評価され、やっと面目を果たしたイヴァン。謁見の最後列に並んだ二人。手を組んでヴァンダが話しかける。「悪いことは何もしていない。本当よ。運が悪かったの。でも潔白よ。何もしていない」『僕もだよ』・・・・「私の白い酋長はあなた、イヴァン」という言葉でこの映画は「Fine」となった。
 ことごとく予定外の出来事に終始した「新婚旅行」は、収まるところに収まって、ハッピーエンドとなるが、つまるところ「白い酋長」とは何だったのか。(「幸せの青い鳥」だという人もいるようだが・・・)
 フェディリコ・フェリーニ監督のデビュー作である。やがて妻になるジュリエッタ・マシーナが娼婦役で出ているのも興味深い。ほんのちょい役だったが、出演者の中では一番の存在感を示している、と私は思った。
(2020.10.19)