梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

報復の連鎖は《恐怖の連鎖》

 新年早々から今日まで、「東京新聞」朝刊には以下の見出しの記事が載った。
《1月4日》
①「イラン精鋭部隊司令官殺害 米大統領命令 ハメネイ師 報復警告」(1面)
② 「米、一線越え イラン『報復』 安保戦略の英雄『殉教』」(3面)
《1月9日》
③「イラン、米基地報復攻撃 イラクに弾道弾 死傷者不明」(1面)
④「米、『最大限の圧力』裏目 イランが報復攻撃 司令官殺害シーア派結束 中東から米軍排除の機運」(3面)
⑤「中東 衝突連鎖の恐れ イラン米に報復 イスラエル『攻撃されれば対決』欧州イ ランに自制も求める」(9面)
⑥「旅客機墜落176人死亡 イラン ウクライナ機、離陸直後」(9面)
《1月11日》
⑦「米『イラン誤射で墜落』」ウクライナ機176人死亡 イランは否定」(1面)
⑧「イラン系移民帰省中の悲劇 旅客機犠牲者にカナダ籍多数 国交断ったまま直行便なし」(3面)
《1月12日》
⑨「イラン一転撃墜認める『米巡航ミサイルと誤認』ウクライナ機」(1面)
⑩「イランの撃墜原因究明へ各国声明 ウクライナ大統領犠牲者の補償要求 カナダ首相『国家的な悲劇』「米が追加制裁 効果限定的か」「別のイラン高官殺害作戦は失敗 イエメンで米軍」(4面)
《1月13日》
⑪「イランで反政府デモ 撃墜対応巡り『うそつき』首都1000人以上参加」「カナダ『徹底調査』を ロウハニ師ウクライナに謝罪」「トランプ氏『デモを支持』政府の弾圧けん制」(6面)
 これまでの経緯を要約すると以下のようになるだろう。
*昨年末、イランの精鋭部隊による攻撃で、米国人1人が殺害された。
①2020年1月3日、米軍の無人飛行機によりイランのソレイマニ司令官ら7人が殺害された。
③1月8日未明(午前1時頃)、イランがイラクにある米軍基地を報復爆撃したが、「形ばかり」の報復でり、米軍に人的被害はなかった。
⑥同じ日の朝(午前6時すぎ)、ウクライナ国際航空の旅客機が、イラン首都テヘランの空港を離陸直後に墜落、乗客乗員計176人全員の死亡が確認された。
⑦翌日(1月9日)、米欧各国は、ウクライナ機の事故について、イランのミサイルで同機が誤射されたとの見方を強めた。イラン航空当局は誤射を否定、ラビエイ政府報道官は「米国がフェイクニュースで心理的な戦争を仕掛けている」と述べた。
⑧ウクライナ旅客機の犠牲者176人のうち138人がカナダに向かい、63人がカナダ国籍だった。カナダのトルドー首相は「旅客機がイランの地対空ミサイルで撃ち落とされたと示唆する証拠がある。意図的ではなかったかもしれない」と述べ、墜落原因の追及とカナダ当局の調査参加を主張した。
⑨1月11日、イランはウクライナ旅客機の墜落は、機体不具合による事故との主張を撤回し、誤って撃墜したと認めた。ロウハニ大統領は「大きな悲劇で許されない過ち」と遺族等に謝罪した上で、関係者の処分を約束した。
⑩ウクライナの大統領は犠牲者の補償を、カナダの首相は「徹底調査」を要求、米国は追加制裁を表明した。
⑪同じ日(1月11日)の夜、イランの首都テヘランなどで大規模な反政府デモが発生、1000人以上が参加し「うそつきに死を」と怒りの声を上げた。トランプ米大統領は、「デモを支持する」とツイッターで表明した。


 もともとの始まりは米国人1人の死、それがイラン人7人の死を招き、さらにまたその7人の死が176人の死につながるという、まさに「報復の連鎖」の典型だが、そのような連鎖がなぜ起きるのか。それは、ソレイマニ司令官を殺害した目的が「米国人を守るための防御的行動で、イランの将来的な攻撃計画を抑止する」(米国防総省)ことにあるという見解に端的に表れている。つまり、その根底にあるものは《殺さなければ殺される》という単純な《恐怖感》なのだ。(トランプ大統領を支持する団体の教祖)イエス・キリストが説いた「汝の敵を愛せ」という理念とはほど遠い。一方、イランの国教であるイスラムの教祖・マホメットは「目には目を、歯には歯を」と説いた。だから、《報復》を叫ばざるを得なかったが、実際は、敵の被害を最小限にとどめる復讐であった。圧倒的な戦力のアメリカの報復に恐怖を感じたのだろう。その恐怖感がウクライナ旅客機を誤射することにつながった。トランプ大統領は「イランの反政府デモを支持する」とツイートしたが、自分の命令がイラン人7人の死、それがさらにウクライナ人、カナダ人等176人につながった責任は、つゆほども感じていないだろう。
 要するに、報復の連鎖とは、言い換えれば《恐怖の連鎖》に過ぎず《無智(愚)の連鎖》でもある、と私は思う。誰もが安心・安定を求めており、それを脅かされることを最も恐れる。そのために相手を殺す。犠牲になった米国人、イラン人、そして乗客乗員176人の命はもう戻らない。そのことに涙する人々が何人いるか。とりわけ世界各国の首脳といわれる人々の「感性」が、今、問われているのである。
(2020.1.13)