梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「睨み返し」

 大晦日を詠んだ江戸川柳に、以下の句がある。
■大晦日ますますこわい顔になり
■大晦日猫はとうとう蹴飛ばされ
■押し入れで息を殺して大晦日
■大晦日もうこれまでと首縊り
■元日や今年もあるぞ大晦日
 私はそれを「睨み返し」という落語で学んだ。「睨み返し」は、数少ない《見せる噺》だ。大晦日の日、押しかける借金取りを《睨んで》追い返すという商売をしている人がいる。このままでは年を越せないと考えた、長屋のある夫婦が、いくらかの金を調達して、その人に頼むという話である。借金取りが訪れると、夫婦は押し入れに隠れ、その人は部屋に陣取って、応対する。一切口をきかない。ただ相手をにらみつけるだけだ。その表情が実に多彩で面白い。私はこれまでに、6代目三遊亭円生、5代目柳家小さん、8代目三笑亭可楽の高座を見聞したが、皆それぞれに独特の味があって、甲乙はつけがたい。最近では、10代目柳家小三治、3代目柳家権太楼も演じているが、先人の至芸を見ているだけに「今一歩」の感があるのは否めない。
(2019.12.31)