梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症 治癒への道」解読・28・《第10章 事例》(7)

◎要約
【出版されている六つの論文】
《1.カウフマン「愛することは共に幸せになること》(長男ローンの物語)
・ローンは長男(7歳と3歳の姉がいた)で出産は正常だったが、最初は「鉛色」だった。・ほとんどたえまなく泣いて、働きかけにも反応を示さなかった。
・4週目に中耳感染症にかかり、集中管理棟に入院、抗生物質の投与を受けた。両耳の鼓膜に穴があいた。
・その後の4か月間、ひきこもりが続いた。
・1歳5か月の時に、自閉症のすべての兆候を示していた。(ものをくるくる回す、同じ玩具・同じ場所でひとりで遊ぶ、指さしをしない、身振りを使わない、声を出さない、ある種の物事にこだわるなど)自傷行為はなかった。
・両親は、専門家の意見が混沌として矛盾ばかりであることに気づき、ローンを自分の手で治そうと決心した。(その方法は、デラカートの「刺激法」?)
・両親は治療の計画を決めるのに先立って、2週間、ローンの行動を観察した。
・母親は、ローンがものを回している間(2時間も!)一緒につきあった。1日に8時間から9時間も、子どもの横に座り、食事をさせ、話しかけ、歌をうたい、周りの出来事を説明し、子どもの頬に息を吹きかけて注意をひいたりした。食物をのせたスプーンを自分の目もとの方向から近づけていくようにすると、ローンはまもなく母親の目をたびたび見るようになった。(両親の愛情に満ちた献身的なかかわりが感じられる)
・ローンの対人的な反応がよくなり始めたが、「束の間」「ごくたまに」であった。
・「刺激法」の治療をはじめて8週間後(1歳7か月頃)の状態について「有益なまとめ」や、その段階で守っていた「活動日課表」がのっている。(68~69ページ・74~75ページ)
・その4週間後、ローンは退行し、その活動を拒否した。その後、さらに何回もの「行きつもどりつ」があった。
・「刺激法」は、多少、要求過多と思われるので、ローンが反抗したとしても無理はない。・ローンは、ある種の繊細な能力をもっている。(しかし、両親はそのことを評価していない)
・ローンは4歳で完全に回復した。
・カウフマンの方法で最も重要な面は、最初の2週間、意図的な介入を控え、ただひたすらローンがやっていたことをじっくり正確に観察したことである。(動物学的方法)
・カウフマンは、その後も(1981年2月)「信ずることの奇蹟」という記事を書いており、そこではメキシコ人夫婦の息子に「同じ方法」を用いて、1年半後「目を見はるような進歩をとげた」と報告されている。
 以上は、共に「教育不能」という神話の崩壊を裏づける例である。


《感想》
 カウフマンが用いた方法がどのようなものであったか明らかではないが、デラカート博士の「感覚障害論」に拠ったとすれば、日本でもその理論に基づいて療育を行っている「NPO法人・しらゆり」のプログラムが参考になると思う。デラカート博士は、自閉症(の行動障害)を引きおこす原因を「感覚障害」と位置づけ、その治療法を開発した。すなわち、自閉症(の根源)は、異常な感覚過敏(ハイパー)または感覚鈍麻(ハイポ)もしくは感覚刺激の持続(ノイズ)であり、その行動特徴(常同行動など)は、感覚刺激を回避するか要求するかに大別される、したがって、その治療は「感覚障害」を正常閾値に戻すことが主眼とされる。その具体的なプログラムは以下の通りである。
《プログラムの概要》(「特定非営利活動法人・発達障害児療育センターしらゆり」のホームページより引用)
1.運動のプログラム
 1) 神経構成検査によって確認された充分機能していない脳機能の部位に働きかけるための運動を行う
 2) 脳に十分な酸素を供給するために心肺機能を高めるために運動を行う
 3) 運動を通して、達成感・満足感と協調性を学ぶ
2.感覚のプログラム
 1) 過敏な神経には、穏やかな刺激から順に強い刺激へと刺激を拒否せず受け止められるようにする
 2) 鈍い神経は、強い刺激から始め、弱い刺激でも反応できるようにする
 3) 混乱している刺激は、刺激がどこから来ているかを意識させて、刺激に正しく反応できるようにする
3.生活のプログラム
 睡眠・食事・生活習慣など基本的なものを身につける
4.概念形成のプログラム
 小学校就学までに家庭でごく自然に身につけている知識を意図的計画的に学ぶ
5.学習のプログラム
 年齢に応じて、必要な学習をする
6.社会性のプログラム
 社会生活スキルを身につける
7.コーチング
 児童に対して、人生の目的、生きる意味、当面の目標などをコーチングする
8.ペアレント・トレーニング
 保護者に対して、子どもに対しての効果的なほめ方、注意の仕方、話の聴き方などを身につけるトレーニングを支援する


 著者・ティンバーゲン夫妻は、このデラカート博士の「感覚障害論」について「必ずしも妥当性のない」解釈、と批判し、またその治療法についても「多少要求過多と思われる」と評しているが、「全く論外」と切り捨てていないところが、たいそう興味深かった。(2013.12.18)